大阪教育大学 国語教育講座 野浪研究室 ←戻る counter
平成23年度  卒業論文

本屋大賞受賞作の研究

大阪教育大学 教育学部
小学校教員養成課程 国語専攻
国語表現ゼミナール
082442  芝田真希
指導教官 野浪正隆先生

目次

第1章 はじめに
 第1節 研究動機
 第2節 研究目的

第2章 研究対象
 第1節 本屋大賞について
 第2節 本屋大賞作品の特徴

第3章 研究にあたって
 第1節 あらすじ
 第2節 研究方法
   第1項 作品分析
   第2項 推薦コメントによる分析

第4章 研究結果
 第1節 作品分析から
 第2節 推薦コメントによる分析から

第5章 まとめと今後の課題
 第1節 作品ごとの考察
   第1項 叙述の工夫がされている作品
   第2項 構成の工夫がされている作品
   第3項 視点の工夫がされている作品
   第4項 タイトルの工夫がされている作品
 第2節 全体考察
 第3節 今後の課題

第6章 おわりに
 第1節 おわりに
 第2節 参考文献

第1章  はじめに

第1節 研究動機

 私は、小説を読むのが好きで、卒業論文でも小説を扱いたいと考えていた。今まで私が読んできた小説を対象にすると決めたものの、その中から何を取り上げるかはなかなか決まらなかった。そのとき私の頭に浮かんだのが、「本屋大賞」という言葉である。毎年、書店で「本屋大賞」のコーナーが設置され、「本屋大賞○位」などと書かれた帯がかけられた本がたくさん並んでいる様子を見て、かなりの注目を集めている賞ではないかと考えた。また、今まで私が読んできた本も、「直木賞」や「芥川賞」といった有名な文学賞を受賞した作品ではなく、「本屋大賞」を受賞した作品の方が多い。「直木賞」や「芥川賞」などの賞は作家や専門家が選ぶため、堅苦しく難しい本が多いのではないかという認識を持っていたのに対し、書店員という自分と同じ立場にある人が選んでいる「本屋大賞」という賞を魅力に感じたからだと思う。
 そこで、本屋大賞受賞作を調べてみたところ、今までに読んだことのある作品、読んだことはないけれど書店で注目されている作品が非常に多いことに気付いた。友達と話していても、「○○(作品の題名)読んだことあるよ」や「知っているよ」という声をよく聞いた。加えて、「本屋大賞」で注目を浴びた作品が軒並み映像化されているという現状からも、「本屋大賞」で上位に入る作品には、何かしらの魅力があるはずだと考えた。2004年から始まったまだまだ新しい賞ではあるが、注目の大きい「本屋大賞」の魅力を探るために、今回の研究の対象にすることにした。

第2節 研究目的

 本屋大賞で話題になった作品はマス・メディアで大きく取り上げられていることから、多くの人の興味を惹く何かが隠されているのではないかと考えている。
 そこで、今回は、「本屋大賞を受賞する作品に何か特徴はあるのか」ということを軸に、直木賞の受賞作品や中学校教材と比較をしながら、研究を進めていくことにした。

第2章  研究対象

第1節 本屋大賞について

 「本屋大賞」は全国の書店員が「いちばん!売りたい本」を選ぶ賞として、二〇〇四年の四月に誕生した。書店員が「読んでよかった」「もっと売りたい」と思った本を選んで投票し、その集計結果のみで大賞が決定する仕組みで、新刊書店に勤務する書店員(含むアルバイト、パート書店員)なら誰でも投票資格を有するかつてない開かれた賞である。
 主催は「本屋大賞実行委員会」。「本屋大賞」の実現を目指して結成されたこの運営組織は、首都圏の書店員五名でスタートし、現在は十数名の書店員を中心に、取次会社社員なども加わって、授賞式の進行から受賞作出版社との交渉までを当たっている。文字通り、書店員が運営し書店員が決める賞なのである。
 設立までの過程は昨年度の当増刊号にも書いたので、詳しくは繰り返さない。ただ設立の動機が大きく、
 一、書店の店頭でお祭りになるイベントをやりたかったこと
 一、それにより沈滞する出版界に活気を取り戻すきっかけを作りたかったこと
 一、既存の文学賞の選考方法に不満があったこと
 の三点であったことは改めて記しておく。書店の店頭POPが何点もの大ベストセラーを誕生させたことを契機に、カリスマ書店員という言葉がメディアを賑わせたり、書籍の帯に書店員のコメントが並んだりと、近年、書店員の本を売る力が再認識され、「本屋大賞」はその総決算と位置づけられる傾向があるが、そもそもの発想は、ベストセラーを生み出そうという点にではなく、店頭でお祭りを催して書店に活気を取り戻したいという点にあったことは強調しておきたい。

『本屋大賞2005』より引用



《出版界の現状に関して》
 設立の動機に、出版界の沈滞があったことから、出版界の現状を調べてみた。以下は、2010年1月26日火曜日付の朝日新聞夕刊からの引用である。

出版市場が2兆円割れし縮小が続く中、各地で書店が消えている。(中略)2000年に全国で2万1922店あった書店は一貫して減少し、10年には約29%減の1万5519店となった。最も減少率が高かったのは和歌山県で、257店から137店へと約47%も減少。次いで山口県、佐賀県が約38%減少した。(中略)出版文化産業振興財団の中泉淳事務局長は「首都圏でも駅前の書店が消えるなど、身近な生活圏に書店がない地域が広がっている」と話している。

《大賞決定までの流れ》
 @エントリー登録
 「本の雑誌」誌上とWEB本の雑誌で告知。書店員のエントリーを受付。

 A1次投票(11月〜1月)
 前年の12月1日からその年の11月30日までに刊行されたオリジナルの日本の小説(文庫、新書も可だが、文庫化、新書化は除く)を対象に3作品を選び、推薦理由とともに投票。1位3点、2位2点、3位1.5点で得点に換算する。日本の小説に限定したのは、翻訳小説、ノンフィクションにまで広げると、票が分散してしまう恐れがあったのと、全般的に売れていない小説を応援したい、という気持ちを実行委員会が持っていたという事情による。

 B2次投票(1月〜2月)
 1次投票の得票上位十作を大賞候補作として、その中から改めて三作を推薦理由とともに投票。十作すべてを読んで投票することが条件。(*現在選考中の本屋大賞2012では、2つのルール変更がある。ひとつは、二次投票からの参加を受け付けないこと。 必ず一次投票から参加するシステムとなった。もうひとつは、 二次投票の際にノミネート作品10作品すべてにコメントが必要になること。 どちらもより本気で文学賞として発展していくためのルール変更と説明されている。)

 C結果発表(4月)
 投票を1位3点、2位2点、3位1.5点で得点に換算し、その合計により大賞と順位が決定する。(2004、2005年の2回は、1位5点、2位3点、3位2点としていたが、2006年から1次投票、2次投票ともに同じ得点となった。これは、@過去二回において2次投票の点数換算を1次と同様にしても順位に変動はなかったこと、A1次と2次の点数換算に差異を設けないほうがよりプレーンで公正な結果となるのではないかという声が実行委員会で上がったことによる。)

*発表の西暦に合わせて、「○○年本屋大賞」と命名されているため、実際に選ばれるのは、その前々年12月から前年11月までに刊行された作品となる。例えば、「2010年本屋大賞」では、2008年12月から2009年11月までに刊行された作品から選ばれることとなる。

*毎回の本屋大賞では、本屋大賞の他に、「発掘部門」がある。こちらは、ジャンルを問わず、その年の12月1日以前に刊行された作品のなかで、時代を超えて残る本や、今読み返しても面白いと思う本をエントリー書店員が一人1冊選ぶ方法で、順位を付けるわけではなく、作品名が紹介される。

*2007年からは特別企画も用意されている。年ごとの企画は以下の通り。
2007年 「書店員がすすめる 人気作家はじめに読むならこの本」
2008年 「復刊お願い!この文庫」
2009年 「この文庫を復刊せよ!」
2010年 「オレ本大賞」
2011年 「中2男子に読ませたい!中2賞」
最新の「本屋大賞2012」では「翻訳小説大賞」が予定されている。

《これまでの参加人数》
本屋大賞が始まった2004年から2010年までの7年間のエントリー数、一次投票数、二次投票数の推移は以下の表、グラフの通り。

エントリー1次投票2次投票1次−2次
2004年2991919398
2005年49326918782
2006年54836829078
2007年77940535946
2008年103742638640
2009年117241135655

 表の「1次−2次」は1次投票数から2次投票数を引いたものである。2009年にその数が増えているのは、ノミネート作に上下巻が多かったことが原因と考えられている。(『本屋大賞2009』より)

 次のグラフは、2004年から2010年までの、1次投票数、2次投票数を表したものである。2009年に一次投票数が減っているのは、一次投票における3作未満の投票を無効にしたためと、『本屋大賞2009』で述べられている。


 次のグラフは、エントリー数、1次投票数、2次投票数を表したものである。2010年にエントリー数が減っているのは、2007年11月以降参加していない書店員など幽霊参加者を整理し、実情に合う形にあらためたことと、書店数自体が減っていることが考えられると『本屋大賞2010』で説明されている。


 ちなみに、2011年本屋大賞では、1次投票数458人、2次投票数439人と大幅に増加。1次投票数−2次投票数も17人と、全て過去最高となっている。最新の2012年本屋大賞では、1次投票数560人と前年よりも約100人増加している。  

第二節 本屋大賞作品の特徴

 作品分析に入る前に、この賞では、どのような作者のどのような作品が選ばれているのかを知るための研究を行った。
 研究を進めるにあたって、2004年から2010年までの7年分の上位3作品、計21作品を対象とすることとした。今回、この研究を始めた時点で結果が出ていたのが、2010年までだったので、2010年までを対象とした。

 対象の21作品は次の通り。
『博士の愛した数式』 『クライマーズ・ハイ』 『アヒルと鴨のコインロッカー』 『夜のピクニック』 『明日の記憶』 『家守綺譚』 『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』 『サウスバウンド』 『死神の精度』 『一瞬の風になれ』 『夜は短し歩けよ乙女』 『風が強く吹いている』 『ゴールデンスランバー』 『サクリファイス』 『有頂天家族』 『告白』 『のぼうの城』 『ジョーカー・ゲーム』 『天地明察』 『神様のカルテ』 『横道世之介』

 その21作品ついて、以下の7項目を調べ、下のような表にまとめた。同時期(2004年から2010年まで)の直木賞(*)受賞作についても、同様に調べ、比較することで、本屋大賞の特徴を探った。

・【出版社】…発行されている出版社の傾向を分析する。
・【発行年月】…発行時期による有利不利があるかを分析する。
・【作者年齢】…賞受賞時の年齢による傾向を分析する。
・【何作目の作品か】…作者の経験が受賞に影響するのかを分析する。
  《 方法 》
社団法人日本書籍出版協会のデータベース「Books」を利用した。作者で検索をし、出てきた作品の中から、C−CODE(日本図書コードの分類コード)が「0093」「0193」「0293」となっているものを抜き出した。1桁目の「0」は販売対象「一般」を表し、2桁目は発行形態を表す。「0」は単行本、「1」は文庫、「2」は新書である。そして、下2桁の「93」は日本文学の小説・物語であることを表している。本屋大賞の対象が「オリジナルの日本の小説(文庫、新書も可だが、文庫化、新書化は除く)」であるため、同じ基準で選んでいる。つまり、同じタイトルで、2度数えることはしないということである。
・【ページ数】…作品の長さに特徴があるかを分析する。
  《 方法 》
データベース「Books」から引用する。複数の巻に分かれている場合は、各巻のページ数を合計する。
・【他の賞の受賞】…本屋大賞以外にも注目を浴びているのかを調べる。
・【メディア展開】…本屋大賞受賞後、どのように注目されているのかを調べる。

書名出版社ページ数発行年月何作目?著者生年年齢メディア展開 他の賞
博士の愛した数式新潮社2562003年8月91962年3月41漫画2005年映画2006年読売文学賞
クライマーズ・ハイ文藝春秋4242003年8月61957年1月46テレビドラマ2005年映画2008年


*直木賞について
直木三十五の名を記念して、芥川賞と同時に昭和10年に制定された。 各新聞・雑誌(同人雑誌を含む)あるいは単行本として発表された短編および長編の大衆文芸作品中最も優秀なるものに呈する賞(応募方式ではない)。無名・新進・中堅作家が対象となる。 正賞は懐中時計、副賞は100万円。授賞は年2回。上半期(12月1日〜5月31日までに公表されたもの)の選考会は7月中旬、贈呈式は8月中旬。「オール讀物」9月号に掲載。下半期(6月1日〜11月30日までに公表されたもの)の選考会は翌年1月中旬、贈呈式は同2月中旬。「オール讀物」3月号に掲載。 選考委員は浅田次郎・阿刀田高・伊集院静・北方謙三・桐野夏生・林真理子・宮城谷昌光・宮部みゆき・渡辺淳一の各氏。
文藝春秋ホームページ(http://www.bunshun.co.jp/award/index.htm)より引用

 今回の比較対象となる、直木賞の作品は、以下の20作品である。
『4TEEN』 『星々の舟』 『号泣する準備はできていた』 『後巷説百物語』 『空中ブランコ』 『邂逅の森』 『対岸の彼女』 『花まんま』 『容疑者Xの献身』 『まほろ駅前多田便利軒』 『風に舞い上がるビニールシート』 『吉原手引草』 『私の男』 『切羽へ』 『悼む人』 『利休にたずねよ』 『鷺と雪』 『廃墟に乞う』 『ほかならぬ人へ』 『小さいおうち』

  以下が、本屋大賞21作品、直木賞20作品を比較して明らかになったことである。

【出版社】
 

本屋大賞は11社、直木賞は6社から選ばれており、本屋大賞は特定の出版社から選ばれるということはなく、いろいろな出版社から選ばれていることが分かる。対して、直木賞の作品は半数以上が文藝春秋から出版されていた。

【発行年月】
 本屋大賞21作品中19作品が、6月以降に出版された作品であった。直木賞は、3月から5月と11月に出版された作品が複数あった。本屋大賞の対象期間が12月から11月、直木賞が12月から5月(上半期)と6月から11月(下半期)であるので、どちらも、期間の後半になるほど、受賞している作品が多いことが分かる。 受賞した作品が出版された月は以下のグラフの通りである。


【作者年齢】
 ここでは各賞を受賞した年齢で結果を出している。下のページのグラフは、本屋大賞と直木賞それぞれを受賞したときの作者の年齢を示したものである。


 本屋大賞の最年少受賞者は、森見登美彦(2007年「夜は短し歩けよ乙女」)で28歳、最年長受賞者は、荻原浩(2005年「明日の記憶」)で49歳であった。直木賞の最年少受賞者は、三浦しをん(2006年上半期「まほろ駅前多田便利軒」)で29歳、最年長受賞者は、北村薫(2009年上半期「鷺と雪」)と佐々木譲(2009年下半期「廃墟に乞う」)で59歳であった。また、本屋大賞の平均年齢は38.33歳、直木賞の平均年齢は44.75歳である。

【何作目の作品か】
 本屋大賞は『告白』『のぼうの城』『神様のカルテ』が1作目で最小、『夜のピクニック』が31作目で最大。平均が9.33作目であった。直木賞は『花まんま』が3作目で最小、『容疑者Xの献身』が56作で最大。平均が15.75作目であった。
 前項目の【作者年齢】と、この項目の結果を合わせて考えてみると、本屋大賞は1作目から受賞している人もいるが、直木賞の受賞は、数作の経験が必要なことが分かる。
 各作品が何作目にあたるのかは、下の表の通りである。

本屋大賞作品名作品数直木賞作品名作品数
博士の愛した数式94TEEN9
クライマーズ・ハイ6星々の舟18
アヒルと鴨のコインロッカー3号泣する準備はできていた19
夜のピクニック31後巷説百物語13
明日の記憶8空中ブランコ8
家守綺譚11邂逅の森6
東京タワー2対岸の彼女20
サウスバウンド12花まんま3
死神の精度8容疑者Xの献身56
一瞬の風になれ6まほろ駅前多田便利軒7
夜は短し歩けよ乙女4風に舞いあがるビニールシート12
風が強く吹いている8吉原手引草9
ゴールデンスランバー14私の男14
サクリファイス15切羽へ12
有頂天家族6悼む人12
告白1利休にたずねよ8
のぼうの城1鷺と雪23
ジョーカー・ゲーム10廃墟に乞う40
天地明察19ほかならぬ人へ14
神様のカルテ1小さいおうち12
横道世之介21
平均9.3333平均15.75

【ページ数】
 本屋大賞の平均ページ数は、377.86ページ、直木賞の平均ページ数は、347.3ページで、本屋大賞の作品の方がやや長いことが分かる。本屋大賞の平均ページ数が高くなっているのは、2007年第1位の「一瞬の風になれ」が3部作で、その3作の合計ページ数で平均を計算しているからだと考えられる。3作のページ数を合計せずに平均を出した場合、345ページとなり、直木賞と大差ない結果となる。
 グラフは以下の通り。グラフ中の数字は、作品数を表す。
 

【他の賞の受賞】
 
 本屋大賞作品で、他の賞も受賞している作品は21作品中14作品あり、3分の2は他の賞でも注目されている。
 直木賞を受賞した作品で、他の賞を受賞したのは20作品中2作品と少なく、対照的な結果となった。

【メディア展開】
 本屋大賞は21作品中20作品で、38回のメディア展開がされていた。直木賞は20作品中7作品で、13回のメディア展開がされていた。(今回は、同メディアで2回展開されている場合は2回として集計している。) 展開のされ方は、以下のグラフ・表の通り。本屋大賞のその他は朗読劇、直木賞のその他はアニメとWEBラジオである。本屋大賞、直木賞の作品ともに、動画映像化(テレビドラマ、映画)で半数近くになることから、本を読まない人でも作品に触れる機会が多くなることが予想される。

 

 テレビドラマラジオドラマ漫画映画舞台その他
本屋大賞1438
直木賞13

 また、メディア展開された時期がすべて賞受賞後であることから、賞を受賞して注目を浴びたからこそ、メディア展開という道が開けたのだと考えられる。それぞれのメディアでどの作品が取り上げられたかは、以下の表の通り。

 本屋大賞直木賞
テレビドラマ『クライマーズ・ハイ』『東京タワー』(2回)『一瞬の風になれ』『4TEEN』『空中ブランコ』『対岸の彼女』『風に舞い上がるビニールシート』
ラジオドラマ『博士の愛した数式』『明日の記憶』『家守綺譚』『死神の精度』『一瞬の風になれ』『風が強く吹いている』『有頂天家族』
漫画『博士の愛した数式』『一瞬の風になれ』『夜は短し歩けよ乙女』『風が強く吹いている』『サクリファイス』『告白』『ジョーカー・ゲーム』『神様のカルテ』『4TEEN』『邂逅の森』『まほろ駅前多田便利軒』
映画『博士の愛した数式』『クライマーズ・ハイ』『アヒルと鴨のコインロッカー』『夜のピクニック』『明日の記憶』『東京タワー』『サウスバウンド』『死神の精度』『風が強く吹いている』『ゴールデンスランバー』『告白』『のぼうの城』『天地明察』『神様のカルテ』『容疑者Xの献身』『まほろ駅前多田便利軒』
舞台『東京タワー』『死神の精度』『夜は短し歩けよ乙女』『風が強く吹いている』『空中ブランコ』『容疑者Xの献身』
その他『家守綺譚』(朗読劇)『空中ブランコ』(アニメ・WEBラジオ)


第3章 研究にあたって

第1節 あらすじ

 今回の対象作品21作の簡単なあらすじは以下の通り。あらすじは、文庫本の裏より引用した。文庫化されていない作品については、出版社ホームページより引用した。上下巻の作品については、上巻のあらすじのみを掲載している。

<2004年>
1 小川洋子『博士の愛した数式』(新潮社) [ぼくの記憶は80分しかもたない]博士の背広の袖には、そう書かれた古びたメモが留められていた――記憶力を失った博士にとって、私は常に"新しい"家政婦。博士は"初対面"の私に、靴のサイズや誕生日を尋ねた。数字が博士の言葉だった。やがて私の10歳の息子が加わり、ぎこちない日々は驚きと歓びに満ちたものに変わった。あまりに悲しく暖かい、奇跡の愛の物語。第1回本屋大賞受賞。

2 横山秀夫『クライマーズ・ハイ』(文藝春秋)
1985年、御巣鷹山に未曾有の航空機事故発生。衝立岩登攀を予定していた地元紙の遊軍記者、悠木和雅が全権デスクに任命される。一方、共に登る予定だった同僚は病院に搬送されていた。組織の相剋、親子の葛藤、同僚の謎めいた言葉、報道とは―。あらゆる場面で己を試され篩に掛けられる、著者渾身の傑作長編。 解説・後藤正治

3 伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』(東京創元社)
引っ越してきたアパートで出会ったのは、悪魔めいた印象の長身の青年。初対面だというのに、彼はいきなり「一緒に本屋を襲わないか」と持ちかけてきた。彼の標的は── たった一冊の広辞苑!? そんなおかしな話に乗る気などなかったのに、なぜか僕は決行の夜、モデルガンを手に書店の裏口に立ってしまったのだ! 注目の気鋭が放つ清冽な傑作。第25回吉川英治文学新人賞受賞作。

<2005年>
1 恩田陸『夜のピクニック』(新潮社)
高校生活最後を飾るイベント「歩行祭」。それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて歩行祭にのぞんだ。三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために──。学校生活の思い出や卒業後の夢などを語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。本屋大賞を受賞した永遠の青春小説。

2 萩原浩『明日の記憶』(光文社)
広告代理店営業部長の佐伯は、齢五十にして若年性アルツハイマーと診断された。仕事では重要な案件を抱え、一人娘は結婚を間近に控えていた。銀婚式をすませた妻との穏やかな思い出さえも、病は残酷に奪い去っていく。けれども彼を取り巻くいくつもの深い愛は、失われゆく記憶を、はるか明日に甦らせるだろう!山本周五郎賞受賞の感動長編、待望の文庫化。

3 梨木香歩『家守綺譚』(新潮社)
庭・池・電燈付二階屋。汽車駅・銭湯近接。四季折々、草・花・鳥・獣・仔竜・小鬼・河童・人魚・竹精・桜鬼・聖母・亡友等々々出没数多……本書は、百年まえ、天地自然の「気」たちと、文明の進歩とやらに今ひとつ棹さしかねてる新米精神労働者の「私」=綿貫征四郎と、庭つき池つき電燈つき二階屋との、のびやかな交歓の記録である。――綿貫征四郎の随筆「烏?苺記(やぶがらしのき)」を巻末に収録。

<2006年>
1 リリー・フランキー『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(扶桑社)
オカン。ボクの一番大切な人。ボクのために自分の人生を生きた人──。四歳のときにオトンと別居、筑豊の小さな炭鉱町で、ボクとオカンは一緒に暮らした。やがてボクは上京し、東京でボロボロの日々。還暦を過ぎたオカンは、ひとりガンと闘っていた。「東京でまた一緒に住もうか?」。ボクが一番恐れていたことが、ぐるぐる近づいて来る──。大切な人との記憶、喪失の悲しみを綴った傑作。

2 奥田英朗『サウスバウンド』(角川書店)
小学校6年生になった長男の僕の名前は二郎。父の名前は一郎。誰が聞いても変わってるという。父が会社員だったことはない。物心ついた頃からたいてい家にいる。父親とはそういうものだと思っていたら、小学生になって級友ができ、よその家はそうではないことを知った。父は昔、過激派とかいうのだったらしく、今でも騒動ばかり起こして、僕たち家族を困らせるのだが……。──2006年本屋大賞第2位にランキングした大傑作長編小説!

3 伊坂幸太郎『死神の精度』(文藝春秋)
@CDショップに入りびたりA苗字が町や市の名前でありB受け答えが微妙にずれていてC素手で他人に触ろうとしない ―― そんな人物が身近に現れたら、死神かもしれません。一週間の調査ののち、対象者の死に可否の判断をくだし、翌八日目に死は実行される。クールでどこか奇妙な死神・千葉が出会う六つの人生。解説・沼野充義

<2007年>
1 佐藤多佳子『一瞬の風になれ』(講談社)
春野台高校陸上部、一年、神谷新二。スポーツ・テストで感じたあの疾走感…。ただ、走りたい。天才的なスプリンター、幼なじみの連と入ったこの部活。すげえ走りを俺にもいつか。デビュー戦はもうすぐだ。「おまえらが競うようになったら、ウチはすげえチームになるよ」。青春陸上小説、第一部、スタート!

2 森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』(角川書店)
「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、下鴨神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。けれど先輩の想いに気づかない彼女は、頻発する "偶然の出逢い" にも「奇遇ですねえ!」と言うばかり。そんな2人を待ち受けるのは、個性溢れる曲者たちと珍事件の数々だった。山本周五郎賞を受賞し、本屋大賞2位にも選ばれた、キュートでポップな恋愛ファンタジーの傑作! 解説・羽海野チカ

3 三浦しをん『風が強く吹いている』(新潮社)
箱根駅伝を走りたい――そんな灰二の想いが、天才ランナー走(かける)と出会って動き出す。「駅伝」って何? 走るってどういうことなんだ? 十人の個性あふれるメンバーが、長距離を走ること(=生きること)に夢中で突き進む。自分の限界に挑戦し、ゴールを目指して襷を繋ぐことで、仲間と繋がっていく……風を感じて、走れ! 「速く」ではなく「強く」――純度100パーセントの疾走青春小説。

<2008年>
1 伊坂幸太郎『ゴールデンスランバー』(新潮社)
衆人環視の中、首相が爆殺された。そして犯人は俺だと報道されている。なぜだ? 何が起こっているんだ? 俺はやっていない――。首相暗殺の濡れ衣をきせられ、巨大な陰謀に包囲された青年・青柳雅春。暴力も辞さぬ追手集団からの、孤独な必死の逃走。行く手に見え隠れする謎の人物達。運命の鍵を握る古い記憶の断片とビートルズのメロディ。スリル炸裂超弩級エンタテインメント巨編。

2 近藤史恵『サクリファイス』(新潮社)
ぼくに与えられた使命、それは勝利のためにエースに尽くすこと――。陸上選手から自転車競技に転じた白石誓は、プロのロードレースチームに所属し、各地を転戦していた。そしてヨーロッパ遠征中、悲劇に遭遇する。アシストとしてのプライド、ライバルたちとの駆け引き。かつての恋人との再会、胸に刻印された死。青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた! 大藪春彦賞受賞作。

3 森見登美彦『有頂天家族』(幻冬舎)
「面白きことは良きことなり!」が口癖の矢三郎は、狸の名門・下鴨家の三男。宿敵・夷川家が幅を利かせる京都の街を、一族の誇りをかけて、兄弟たちと駆け廻る。が、家族はみんなへなちょこで、ライバル狸は底意地悪く、矢三郎が慕う天狗は落ちぶれて人間の美女にうつつをぬかす。世紀の大騒動を、ふわふわの愛で包む、傑作・毛玉ファンタジー!

<2009年>
1 湊かなえ『告白』(双葉社)
「愛美は死にました。しかし事故ではありません。このクラスの生徒に殺されたのです」我が子を校内で亡くした中学校の女性教師によるホームルームでの告白から、この物語は始まる。語り手が「級友」「犯人」「犯人の家族」と次々と変わり、次第に事件の全体像が浮き彫りにされていく。衝撃的なラストを巡り物議を醸した、デビュー作にして、第6回本屋大賞受賞のベストセラーが遂に文庫化!〈特別収録〉 中島哲也監督インタビュー 『「告白」映画化によせて』。

2 和田竜『のぼうの城』(小学館)
戦国期、天下統一を目前に控えた豊臣秀吉は関東の雄・北条家に大軍を投じた。そのなかに支城、武州・忍城があった。周囲を湖で取り囲まれた「浮城」の異名を持つ難攻不落の城である。秀吉方約二万の大軍を指揮した石田三成の軍勢に対して、その数、僅か五百。城代・成田長親は、領民たちに木偶の坊から取った「のぼう様」などと呼ばれても泰然としている御仁。武・智・仁で統率する、従来の武将とはおよそ異なるが、なぜか領民の人心を掌握していた。従来の武将とは異なる新しい英傑像を提示した四十万部突破、本屋大賞二位の戦国エンターテインメント小説!

3 柳広司『ジョーカー・ゲーム』(角川書店)
結城中佐の発案で陸軍内に極秘裏に設立されたスパイ養成学校"D機関"。「死ぬな、殺すな、とらわれるな」。この戒律を若き精鋭達に叩き込み、軍隊組織の信条を真っ向から否定する"D機関"の存在は、当然、猛反発を招いた。だが、頭脳明晰、実行力でも群を抜く結城は、魔術師の如き手さばきで諜報戦の成果を上げてゆく……。吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞に輝く究極のスパイ・ミステリー。 解説・佐藤優

<2010年>
1 冲方丁『天地明察』(角川書店)
江戸、四代将軍家綱の御代。ある「プロジェクト」が立ちあがった。即ち、日本独自の太陰暦を作り上げること――日本文化を変えた大いなる計画を、個の成長物語としてみずみずしくも重厚に描く傑作時代小説!!

2 夏川草介『神様のカルテ』(小学館)
栗原一止は信州にある「24時間、365日対応」の病院で働く、悲しむことが苦手な内科医。職場は常に医師不足、40時間連続勤務だって珍しくない。ぐるぐる回る毎日に、母校の信濃大学医局から誘いの声がかかる。大学に戻れば最先端の医療を学ぶことができる。だが大学病院では診てもらえない、死を前にした患者のために働く医者でありたい……。悩む一止の背中を押してくれたのは、高齢の癌患者・安曇さんからの思いがけない贈り物だった。2010年本屋大賞第2位、日本中を温かい涙に包み込んだベストセラー。

3 吉田修一『横道世之介』(毎日新聞社)
なんにもなかった。だけどなんだか楽しかった。懐かしい時間。愛しい人々。 『パレード』『悪人』の吉田修一が描く、風薫る80年代青春群像。

第2節 研究方法

 研究にあたっては、大きく2つの観点を持つこととした。作品分析と推薦コメント分析である。作品分析では、それぞれの作品の展開や登場人物の分析、叙述分析から本屋大賞の特徴を探っていく。推薦コメント分析では、書店員の推薦コメントからそれぞれの作品がもつ魅力に迫っていく。詳しくは以下に述べる。

第1項 作品分析

@それぞれの作品の特徴を探るための研究
・【登場人物】…メインで描かれている2人の、性別、年齢、職業を洗い出す。2人に絞るのが難しい場合には、無理に選ぶのではなく、1人の分析にとどめている。数年にまたがって描かれている人物については、何歳から何歳までが描かれているのかを示す。ここで洗い出した人物を「中心人物」とする。また、その2人または1人を中心とした登場人物の関係を調べる。


・【視点】…物語の視点を分析する。一人称か三人称か、1人に絞って描かれているのか、複数に焦点を当てて描かれているのかを調べ、4つに分類する。

 「一人称単数」
1人の人物が一人称で語っている物語。
 「一人称複数」
複数の人物が一人称で語っている物語。
 「三人称単数」
三人称で描かれている物語。心理描写は1人のみである。
 「三人称複数」
三人称で描かれている物語。複数の心理描写がされている。

・【物語の期間】…作中に出てくる月や季節を手がかりに、物語中の出来事がどれくらいの期間のことなのかを分析する。作中の一番大きな継続した出来事(「メインの出来事」)が描かれている期間を対象とし、その出来事から一旦切り離されている部分は含めないものとする。そのため、メインの出来事のあと、その人物がどのように暮らして何歳で亡くなったということが書かれていても、その人物の死までが継続して描かれていなければ、含めない。



・【冒頭の時間帯】…作品の冒頭で描かれているのが、作中のメインの出来事の過去、起点、途中のどれにあたるのかを調べた。これ以降、目次がない作品に関しては1ページ目からを、目次がある作品に関しては目次に書かれている最初の章の1文目からを「冒頭」と言うこととする。

 「過去」
メインの出来事よりも前の出来事が切り取って描かれている。
その出来事からメインの出来事までのことは詳しく描かれていないことが条件。
 「起点」
メインの出来事の起点が描かれている。
 「途中」
メインの出来事の途中から描かれている。
その後、それより前のことにさかのぼって描かれていることが条件。



・【物語の要素】…物語の中にどのような要素が含まれているのかを分析する。洗い出す要素は、「歴史」「恋愛」「スポーツ」「死・別れ」「謎」「音楽」である。要素があると判断する基準は以下の通り。

 「歴史」
過去に実在した人物または実際に起きた出来事が描かれていること。
 「恋愛」
「中心人物」が恋愛感情を抱いていること。または、「中心人物」に恋愛感情を抱いている人物が描かれていること。
物語が始まった段階で夫婦となっている、または、過去に恋愛関係があった作品は含まない。
 「スポーツ」
スポーツの場面が描かれていること。「中心人物」がそのスポーツに取り組んでいない場合も含む。
 「死・別れ」
「中心人物」と関わりがある人物の死・別れが描かれていること。
また、「中心人物」が身近な人を認識できなくなることによって、それまでのような関わりができない状態が描かれていること。
 「謎」
何らかの「謎」が提示されていること。誰かが残した謎のセリフなどが示されている場合に、要素ありと判断する。
 「音楽」
「中心人物」が音楽に触れている場面があること。または、同じ曲や歌手が繰り返し書かれていること。
後者は、「中心人物」が音楽を演奏していない場合も含む。

 以上の4項目について、本屋大賞21作品の共通点を探っていく。具体的にまとめたものが次ページの表である。

書名登場人物1登場人物2冒頭
時制
期間長さ要素
歴史
要素
恋愛
要素
スポーツ
要素
死・別れ
要素
要素
音楽
博士の愛した数式わたし
28歳家政婦
博士
64歳数学者
過去6ヶ月×××××
クライマーズ・ハイ悠木和雅
57歳新聞記者
 現在1日/1週間短/短××


A書き方の特徴を探るための研究
 ここでは、それぞれの作品の冒頭と結末の20文を対象として、以下の2項目について分析を行う。

【叙述分析】
 1つ1つの文について、叙述内容と叙述方法を分析する。叙述内容は、状況、行動、会話、心理の4つ、叙述方法は、描写、記述、説明、評価の4つに分類する。どの叙述内容、叙述方法が多くなっているのかを考察する。

【文長分析】
 各文の文長を出し、冒頭、結末それぞれの平均文長を求める。冒頭、結末のまとまりで偏差を求め、「平均文長+偏差」より長い文、「平均文長−偏差」より短い文の特徴について考える。「平均−偏差」から「平均+偏差」の間におよそ68%と大半のデータが含まれていることから、この値を基準とすることとした。
 また、叙述方法、叙述内容ごとに平均文長を出し、特徴を探る。その際、「複合文」は、叙述方法や叙述内容ごとに文を区切って分析している。「複合文」とは、1つの文の中に、2つ以上の要素が含まれている文のことであり、例としては、『家守綺譚』結末1文目の「私は葡萄を見ながら、美しいなと思っている。」が挙げられる。この文は、「行動」と「心理」が描かれているが、このように2つ以上の叙述内容、叙述方法が組み合わさっている文を「複合文」と定義した。この文の場合、平均文長を求めるときには、文全体で21字としているが、叙述方法、叙述内容ごとに分析するときには、「私は葡萄を見ながら、/美しいなと思っている。」に分け、前半部分を「描写」×「行動」で10字、後半部分を「描写」×「心理」で11字として数値を出すこととした。 叙述分析の結果を以下のように表にまとめる。

文番号博士の愛した数式文長長短叙述方法叙述内容
1彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。18short記述行動
2そして博士は息子と、ルートと呼んだ。18short記述行動
3息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。29 記述状況
4「おお、なかなかこれは、賢い心が詰まっていそうだ」25 描写会話
5髪がくしゃくしゃになるのも構わず頭を撫で回しながら、博士は言った。33 描写行動
6友だちにからかわれるのを嫌がり、いつも帽子を被っていた息子は、警戒して首をすくめた。42 描写行動
7「これを使えば、無限の数字にも、目に見えない数字にも、ちゃんとした身分を与えることができる」46 描写会話
8彼は埃の積もった仕事机の隅に、人差し指でその形を書いた。√29 描写行動
9私と息子が博士から教わった数えきれない事柄の中で、ルートの意味は、重要な地位を占める。43 説明状況
10世界の成り立ちは数の言葉によって表現できると信じていた博士には、数えきれない、などという言い方は不快かもしれない。57 説明状況
平均文長40.15
偏差21.5242

 表は、左から文番号、本文、文長、長短(「平均+偏差」より長い文を「long」、「平均−偏差」より短い文を「short」として表示)、叙述方法、叙述内容を表している。

 以上、【叙述分析】と【文長分析】の2項目については、本屋大賞21作品の中での考察を行うと同時に、中学校教材との比較も行うことで、本屋大賞の書き方の特徴を探っていく。中学校教材は、2011(平成23)年度に使用されている光村図書出版と三省堂の2社の教科書から抜粋した14作品を使用。この2社を選んだのは、作品の重複が少なかったためである。作品名は以下の通り。

 光村1年…『にじの見える橋』『麦わら帽子』『少年の日の思い出』『大人になれなかった弟たちに……』
 光村2年…『雨の日と青い鳥』『盆土産』『走れメロス』
 光村3年…『握手』『故郷』
 三省堂1年…『竜』『空中ブランコ乗りのキキ』『トロッコ』
 三省堂2年…『小さな手袋』
 三省堂3年…『猫』

 下線を引いた『走れメロス』と『故郷』は2社共通であったので、本文は光村図書出版のものを使用した。
 なお、三省堂3年生の『形』は40文に満たず、冒頭・結末の各20文を分析できないので、対象外とした。

第2項 推薦コメントによる分析

@受賞作の魅力を探るための研究
 『本の雑誌』増刊号の『本屋大賞』に掲載されている書店員の推薦コメントの分析を行う。作品ごとに数は異なっているが、コメントは、21作品で565個ある。

《 調査1 一番評価されている観点を調べる 》
 推薦コメントを読み、何についての評価がされているのかを分析していく。評価の観点は、
  A.内容…テーマや内容への評価(登場人物への評価は除く)
  B.キャラクター…登場人物への評価
  C.テクニック…伏線や描写などへの評価
  D.体裁…短編集であることや装丁など内容以外への評価
  E.タイトル…タイトルへの評価
  F.作者…作者への賛辞や感謝など
 の6つ。それぞれのコメントの中で、評価されている観点を1点として点数化する。複数の観点についての評価がある場合は、すべての観点に1点を加え、作品ごとに内容・作者以外で一番評価されているのが、どの観点なのかを分析した。

コメントタイトルキャラ体裁テク内容作者
●クールな死神のキャラクターと仕事っぷりがたまらない。内容も恋愛小説風あり、ハードボイルド風ありと1冊で何倍も楽しめる。連作短編というスタイルが好きなので、こちらに入れます。伊坂幸太郎の魅力が十二分に詰まった1冊。
●牽引されているかのようにその世界に引き込まれ、気付けば心地よいリズムで読まされている。「さすが、伊坂幸太郎だな」と思う瞬間である。連作短編というスタイルを活かし、それぞれの物語が少しずつ違ったテイストで書かれている。しかし、読後はやっぱり"伊坂幸太郎"味を味わえて大満足な心地。作中にある恒例のファンサービスも嬉しい。
●伊坂氏の代表作ではないかもしれないが、伊坂氏を知らない方はまずこの作品から読んでいただきたいと思った。何を考えているのか分からない、一見無機質なように見える「主人公」、そしてお洒落な文体、あっと驚くどんでん返し、伊坂氏のエッセンスが凝縮された作品。
合計


 上の表は、各コメントを分析した表の例である。
一つ目の文では、「クールな死神のキャラクターと仕事っぷりがたまらない。」という部分をキャラクターに対する評価、「1冊で何倍も楽しめる。」という部分を体裁に関する評価、「伊坂幸太郎の魅力が十二分に詰まった1冊。」という部分を内容に対する評価と分析している。

《 調査2 各観点の評価ポイントを調べる 》
 次に、B.登場人物、C.テクニック、D.体裁の観点に関して、さらに深い分析を行う。

(@)登場人物
 具体的に誰が評価されているのかを調べる。同じコメントの中に、2人の登場人物についての評価がある場合は、どちらの登場人物についても1点を加え、集計を行う。

(A)テクニック
 下の5つの観点に分類した。
  a.描写…書かれ方への評価 (例)リアル、スピード感がある、生き生きしている
  b.文体…書き方、言葉の使い方への評価 (例)客観的、簡潔
  c.設定・背景…人物、場面の設定や背景への評価 (例)道具立て
  d.構成…話の展開や視点への評価 (例)過去と現在の交錯、仕掛け、伏線、一人称
  e.その他…a〜dに分類できない点への評価 (例)文章力、物語世界に誘う力
 の5つの観点に分類した。

(B)体裁
 《 調査1 》で体裁への評価があった作品のみを対象とし、どういうところが評価されているのかをさらに分析する。
A経済的、社会的な広報活動としての本屋大賞の側面を探るための研究
 本屋大賞設立の動機に「一、書店の店頭でお祭りになるイベントをやりたかったこと」「一、それにより沈滞する出版界に活気を取り戻すきっかけを作りたかったこと」とあったことに注目し、『本屋大賞』に掲載されているコメントに、経済的・社会的な広報活動としての本屋大賞の側面が現れているのかということを考察していく。
 手順として、まずは、全コメントの中から「購買者を意識した記述」があるもの、ないものに分類する。次に、「購買者を意識した記述」があるコメントに関しては、それぞれの記述が、以下の3項目のどれに該当するかを分類した。
A.「位置づけ」
推薦者による作品の定義や評価。
感想と区別をするために、「○○な物語」「○○小説」などの名詞を目印とした。
下位分類として、「定義」「作用」「評価」を置く。
  「定義」
その作品がどのような内容なのかを示しているもの。
    (例)「愉快痛快な家族小説」「静かで温かな慈しみの物語」
  「作用」
その作品を読むことによって、読む人が受ける作用を示しているもの。
    (例)「泣ける本」「力をもらえる小説」
  「評価」
推薦者によるその作品の評価を示しているもの。
    (例)「大傑作」「今年一番の作品」

B.「対象」
その作品を薦める対象。
下位分類として、「一般」「限定」「限定→一般」「一般→限定」「場面」を置く。
  「一般」
読んでほしい対象を限定することなく示しているもの。
    (例)「全ての人に」「老若男女関係なく」
  「限定」
読んでほしい対象を年齢や職業によって限定しているもの。
    (例)「中高生に読んでほしい一冊」「ビジネスマンに」
  「限定→一般」
一見読者を限定したようにみえるが、「○○にも」という表現によって、「対象」を一般に広げているもの。
    (例)「ファンでない方にも」「あまり本を読んだことのない人にも」
  「一般→限定」
一度一般に向けて薦めたあとで、限定した読者を示しているもの。
    (例)「全ての人に読んでほしいけど、特にお父さんに」
  「場面」
どんなときに読んでほしいのかが示されているもの。
    (例)「仕事のあとに」「この時代だからこそ」

C.「提案」
推薦者による呼びかけや読み方の提案。
下位分類として「呼びかけ」と「方法」を置く。
  「呼びかけ」
推薦者が読者に何らかの呼びかけをしているもの。
    (例)「独特な世界観に是非引きこまれてみて下さい」
       「体の内からじわじわと湧いてくる興奮を多くの方に味わってもらいたいです」
  「方法」
推薦者のオススメの読み方が示されているもの。
    (例)「時々本棚から出して開いたページの一話だけ読む」
       「夜一晩かけて、一気読みがオススメ」

第4章 研究結果

第1節 作品分析から

@それぞれの作品の特徴を探るための研究

【登場人物】
 分析した結果は、下の表の通り。女性をピンク色、男性を水色で表している。
作品名登場人物1登場人物2 
博士の愛した数式わたし
28歳家政婦
博士
64歳数学者
クライマーズ・ハイ悠木和雅
57歳新聞記者
アヒルと鴨のコインロッカー椎名
大学1回生
琴美
22歳ペットショップ店員
夜のピクニック西脇融
高校3年生
甲田貴子
高校3年生
明日の記憶佐伯雅行
50歳広告代理店営業部長
家守綺譚綿貫征四郎
22〜23歳作家
東京タワー中川雅也
3〜38歳作家
オカン(栄子)
35〜69歳主婦
サウスバウンド上原二郎
小学校6年生
上原一郎
44歳無職(フリーライター)
死神の精度千葉
死神、年齢不詳
一瞬の風になれ神谷新二
高校1年〜3年
一ノ瀬連
高校1年〜3年
夜は短し歩けよ乙女
大学生
女大学
1回生
風が強く吹いている清瀬灰二
大学4回生
蔵原走
大学1回生
ゴールデンスランバー青柳雅春
30歳無職
樋口晴子
30歳主婦
サクリファイス白石誓
23歳自転車競技選手
有頂天家族矢三郎
告白森口悠子
30歳教師
のぼうの城成田長親
45歳忍城軍総大将
石田三成
30歳三成軍総大将
ジョーカー・ゲーム結城中佐
50代
天地明察渋川春海
22〜45歳
神様のカルテ栗原一止
医師5年目
横道世之介横道世之介
大学1回生

   表から、分かるように、メインに描かれている登場人物はほとんどが男性であった。『本屋大賞』によると、投票者の男女差はほとんどないので、投票者の性別による違いでないことが分かる。
 逆に2人目の人物では、女性が多くなっているのだが、その理由として考えられることは、2人が交互に描かれる、またはその2人の視点で描かれる作品があることである。今回、そのような作品でどちらが、よりメインになっているかの判断が難しい場合には、最初に出てくる方を「登場人物1」、後に出てくる方を「登場人物2」としたのだが、そのような形式になっている『アヒルと鴨のコインロッカー』『夜のピクニック』『夜は短し歩けよ乙女』『ゴールデンスランバー』の4作のうち3作で最初の視点が男性であった。そのため、1人目が男性で、2人目が女性というケースが出ているのである。

 また、表の人物を中心とした登場人物の関係を分析すると、5つに分類できることが分かった。
(@)1人中心−1面型
(A)1人中心−2面型
(B)1人中心−放射型
(C)2人中心−1面型
(D)その他    である。

  • (@)1人中心−1面型…「中心人物」1人を中心とし、1つの集団の関係性が描かれている物語。「中心人物」以外もお互いに関わりがある。
    ここに該当するのは、『博士の愛した数式』『家守綺譚』『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』『サクリファイス』『有頂天家族』『横道世之介』の6作品。

  • (A)1人中心−2面型…「中心人物」1人を中心とし、2つの集団の関係性が描かれている物語。違う集団の人物の関わりは描かれない。
    ここに該当するのは、『クライマーズ・ハイ』『明日の記憶』『サウスバウンド』『天地明察』『神様のカルテ』の5作品。

  • (B)1人中心−放射型…「中心人物」1人を中心とし、章ごとに違う人物との関係性が描かれている物語。
    ここに該当するのは、『死神の精度』『ジョーカー・ゲーム』の2作品。

  • (C)2人中心−1面型…「中心人物」2人を中心とし、1つの集団の関係性が描かれている物語。「中心人物」以外もお互いに関わりがある。
    ここに該当するのは、『夜のピクニック』『一瞬の風になれ』『夜は短し歩けよ乙女』『風が強く吹いている』『ゴールデンスランバー』『のぼうの城』の6作品。

  • (D)その他…『アヒルと鴨のコインロッカー』『告白』が該当する。

     『アヒルと鴨のコインロッカー』は、椎名を中心とする現在と琴美を中心とする2年前が交互に語られている。椎名・河崎(ドルジ)・麗子の3人が中心の現在、琴美・ドルジ・麗子・河崎の4人が中心となる過去の2つの物語がある。ドルジと麗子は両方に登場するが、椎名と琴美には関わりはない。2人中心型は2人の関わりがあることを前提としているので、『アヒルと鴨のコインロッカー』は「その他」とした。1人中心の物語が2つ描かれているので、あえて名前をつけるならば、「1人中心−2層型」と言える。

     『告白』は最初の章と最後の章は、「中心人物」の語りであるが、他の章では、語り手が変わっている。その中から特に一人を取り上げることができなかったため、「中心人物」としては森口悠子のみを抜き出した。全編を通して、語り手が変わらずずっと森口ならば、(@)の「1人中心−1面型」に該当するが、この作品では、語り手が章によって変わる。そのため、章ごとに複数の人物が中心となり、その人物から見た人間関係が描かれている。あえて、名前をつけるとすれば、「複数中心−1面型」と言える。

     上記のように分類することで、その型の特徴も明らかになった。(@)の1人中心−1面型では、たくさんの人物が登場する作品が多く見られる傾向にある。また、周りの人物は年齢や職業、性別などが幅広いことも分かった。(A)の1人中心−2面型では、仕事をしている男性が主人公の作品が多く、仕事場での関係と家庭での関係が描かれるので、2面型になることが分かった。(B)の1人中心−放射型では、「中心人物」以外が章によって変化する短編集にみられる傾向であると言える。(C)2人中心−1面型では、「中心人物」が学生の作品に多く見られ、クラスや部活動での人間関係が描かれていた。

    【視点】
     分類した結果は以下の通り。

    ・「一人称単数」…『博士の愛した数式』『明日の記憶』『家守綺譚』『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』『死神の精度』『一瞬の風になれ』『サクリファイス』『有頂天家族』『神様のカルテ』
    (9作品)
    ・「一人称複数」…『アヒルと鴨のコインロッカー』『夜は短し歩けよ乙女』『告白』
    (3作品)
    ・「三人称単数」…『クライマーズ・ハイ』『サウスバウンド』『ジョーカー・ゲーム』『天地明察』『横道世之介』
    (5作品)
    ・「三人称複数」…『夜のピクニック』『風が強く吹いている』『ゴールデンスランバー』『のぼうの城』
    (4作品)

     『横道世之介』は途中に登場人物の後日談が描かれる構成になっていて、その後日談は一人称で描かれているが、メインで描かれている部分は三人称単数なので、そちらで分類した。その結果、一番多いのは、一人称単数の作品であった。しかし、一人称の作品が12作品(約57%)、三人称の作品が9作品(約43%)となっており、人称において大きな違いはないと言える。しかし、単数か複数かで分類すると、単数が14作品(約67%)、複数が7作品(約33%)と大きな差があり、単数の方が多いことが明らかになった。

     下の表は、順位と視点の関係を表したものである。どの視点も、まんべんなく順位が分かれているので、順位と視点には大きな関係はないと言える。
     視点   
     一人称単数一人称複数三人称単数三人称複数
    順位1位3112
    2位3121
    3位3121

     次の表は、視点と登場人物を合わせて表したものである。
     視点   
     一人称単数一人称複数三人称単数三人称複数
    関係1人1面5010
    1人2面2030
    1人放射1010
    2人1面1104
    その他0200


     ここから、複数に焦点を当てて描かれている作品は、必ず2人型になっていることが分かる。また、単数の作品は、1人型になることが多いことが分かる。関連の強さを数値で表すクラメールの関連指数でも0.71と値が大きく、関連があることが分かった。そこから、それらが、作中の登場人物の関係や心理を効果的に表すことができる視点であると考えられる。

    【物語の期間】
     分析の結果、1ヶ月、1年を基準に分類することとした。1ヶ月以内を「短期型」、1ヶ月以上1年以内を「中期型」、1年以上を「長期型」として分類した結果は以下の通りである。

    ・短期型…『夜のピクニック』『死神の精度』『ゴールデンスランバー』『ジョーカー・ゲーム』
    (4作品)

    ・短期×短期型…『クライマーズ・ハイ』『アヒルと鴨のコインロッカー』
    (2作品)

    ・中期型…『博士の愛した数式』『明日の記憶』『家守綺譚』『サウスバウンド』『夜は短し歩けよ乙女』『風が強く吹いている』『サクリファイス』『有頂天家族』『告白』『のぼうの城』『神様のカルテ』『横道世之介』
    (12作品)

    ・長期型…『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』『一瞬の風になれ』『天地明察』
    (3作品)


     なお、『クライマーズ・ハイ』と『アヒルと鴨のコインロッカー』は、現在と過去の2つの出来事が交互に描かれているため、それぞれで期間の長さを分析したところ、両方とも1ヶ月以内の出来事だったので、「短期×短期型」とした。
     『死神の精度』は、物語の最初から最後では50年以上が経過していることが分かる。しかし、最後の章だけが50年後なのか、最初の章から少しずつ時間が経過していて50年後に辿り着いているのかが判断できないため、今回は、明確に期間が分かる章単位での期間を取り上げ、「短期型」とした。
     『ゴールデンスランバー』は、事件から20年後も描かれているが、メインで取り上げられているのは、事件前後の3日間なので、「短期型」に分類した。
     また、『ジョーカー・ゲーム』に関しては、日付や季節を示す言葉が少なく、具体的にどれくらいの期間が描かれているのかは明確ではないが、「一週間」や「数日」という言葉から1ヶ月以上は経過していないと考えられるので、「短期型」とした。
     分類の結果、1ヶ月以上1年以内の「中期型」の作品が一番多いことが分かった。『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』と『天地明察』が「長期型」であることから、自伝的な小説は、「長期型」になりやすい傾向にあると言える。

    【冒頭の時間帯】

    ・過去型…『死神の精度』『一瞬の風になれ』『のぼうの城』
    (3作品)

    ・起点型…『クライマーズ・ハイ』『夜のピクニック』『明日の記憶』『家守綺譚』『サウスバウンド』『風が強く吹いている』『ゴールデンスランバー』『サクリファイス』『有頂天家族』『告白』『ジョーカー・ゲーム』『横道世之介』
    (12作品)

    ・途中型…『博士の愛した数式』『アヒルと鴨のコインロッカー』『天地明察』『神様のカルテ』
    (4作品)

    ・その他…『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』『夜は短し歩けよ乙女』
    (2作品)


     なお、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』と『夜は短し歩けよ乙女』はどちらも「これは○○の物語である」とその作品の内容を説明するところから始まっているので、「その他」とした。
     分類の結果、メインの出来事の起点から描かれている「起点」が12作品で一番多かった。

     次のページの表は、期間の長さと冒頭の時間帯の関係を示したものである。
     期間の長さ   
       短・短     中      長   
    冒頭の時間帯過去1011
    起点2180
    未来1121

     「起点型」×「中期型」の作品が8作品で一番多く、クラメールの関連指数でも0.33と「起点型」×「中期型」に集中していることが分かった。「起点型」「中期型」ともに最も作品数の多い型であるが、1ヶ月以上1年以内の期間を描く「中期型」の作品では、冒頭で過去や途中のことを描いて時間帯をずらすよりも、時間軸にそって描いていく傾向があると言える。

    【物語の要素】

     次のページの表は、作品に含まれる要素を○・△(要素あり)と×(要素なし)で表現したものである。合計は、その要素が含まれる作品数を表している。また、表中の記号は以下のように分けている。
    「恋愛」○…「中心人物」から他の登場人物へ恋愛感情がある場合
         △…他の登場人物から「中心人物」へ恋愛感情ある場合
    「スポーツ」○…「中心人物」がそのスポーツをしている場合
           △…実際にしているわけではなく、観戦の対象として描かれている場合
    「死・別れ」○…死
           △…別れ

    書名歴史恋愛スポーツ死・別れ音楽
    博士の愛した数式××
    野球

    博士
    ××
    クライマーズ・ハイ
    日航機事故
    ×
    登山

    安西

    「下りるために登る」
    ×
    アヒルと鴨のコインロッカー×××
    琴美

    河崎の謎

    「風に吹かれて」
    夜のピクニック×
    亮子→融

    歩行祭
    ×
    おまじない
    ×
    明日の記憶×××
    自分、妻
    ××
    家守綺譚×
    サルスベリ→征四郎
    ××××
    東京タワー オカンとボクと、時々、オトン××
    野球

    オカン
    ××
    サウスバウンド
    アカハチ

    サッサ→二郎
    ××××
    死神の精度×××
    調査担当
    一瞬の風になれ×
    新二→若菜

    陸上(4継)
    ×××
    夜は短し歩けよ乙女×
    男→女
    ××××
    風が強く吹いている×
    走→葉菜子

    陸上(駅伝)
    ×××
    ゴールデンスランバー×××
    自分

    ビートルズ
    サクリファイス××
    自転車

    石尾

    石尾の死の真相
    ×
    有頂天家族××××
    父の死の真相
    ×
    告白×××
    愛美、桜宮先生

    愛美の死の真相
    ×
    のぼうの城
    人物、出来事

    甲斐姫→長親
    ×
    父泰季やすすえ
    ××
    ジョーカー・ゲーム×××××
    天地明察
    人物、出来事

    春海→こと、えん
    ×
    こと、建部など
    ××
    神様のカルテ×××
    田川・安曇

    学士
    ××
    横道世之介×
    世之介→祥子

    サンバ

    世之介
    ××
    合計○5
    △4
    ○6
    △2
    ○10
    △4

     要素数でみると、「死・別れ」が13作品14個で一番多くなっていた。続いて、「謎」「恋愛」「スポーツ」の順に多いことが分かった。逆に少ないものは、「歴史」と「音楽」の要素である。

     次に要素別に考えていく。まず、「死・別れ」の要素が、半数以上の作品でみられたのは意外であった。登場人物の死・別れという悲しい出来事は、読者を遠ざけてしまうのではないかと考えていたが、悲しい状況の中でもたくましく生きる姿や、別れまでの心温まる生活を描くことで、死や別れが読者を遠ざける要因にはならないことが分かった。

     「謎」も物語を構成する重要な要素となっていることが分かる。「謎」要素は、その謎が明らかになっていく過程を読者が楽しむことができる。本を読むことに慣れていない読者でも、「謎」が明らかになるという読書の結果が分かりやすいため、多くの作品に含まれる要素になっていると考えられる。

     次に、「恋愛」要素を考える。「恋愛」要素が含まれている作品は、9作と全体の4割弱である。その中で、『夜は短し歩けよ乙女』以外の8作は、恋愛がメインに描かれているわけではないことから、本屋大賞では恋愛小説が選ばれにくい傾向にあると言える。『家守綺譚』の山口由美子氏(優文堂SBS店)の推薦コメントに、「はなはだ個人的な思いではあるが、私は本屋大賞一位に恋愛小説を据えたくはない。なぜなら恋愛小説は、世代、性別、嗜好がかなりはっきりと分かれてしまうものだからだ。」という記述がある。書店員のこのような思いがあるため、「恋愛」要素ではこのような結果になったと考えられる。また、「恋愛」要素ありの9作のうち、学生が「中心人物」の作品は6作であったことから、学生と「恋愛」要素は結びつきが強いと言える。 「スポーツ」要素は、実際に「中心人物」が取り組んでいる作品が6作、観戦する対象として描かれているのが2作であった。実際に取り組んでいる6作のうち、4作は「中心人物」が学生であったことから、学生とスポーツも結びつきが強いと言える。

     また、「音楽」要素が含まれている3作品が全て伊坂幸太郎氏の作品であったことから、作者の特徴であることが分かった。

     次に、共通点がある作品を考えていく。全ての要素が共通していた作品は、4種類9作品であった。

       「死・別れ×謎×音楽」型…『アヒルと鴨のコインロッカー』『死神の精度』『ゴールデンスランバー』
    (3作品)

       「歴史×恋愛×死・別れ」型…『のぼうの城』『天地明察』
    (2作品)

       「恋愛×スポーツ」型…『一瞬の風になれ』『風が強く吹いている』
    (2作品)

       「スポーツ×死・別れ」型…『博士の愛した数式』『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
    (2作品)


     特徴的だったのは「死・別れ×謎×音楽」型で、3作全てが伊坂幸太郎氏の作品だった。この3要素を組み合わせるのは、伊坂氏の作風の特徴と考えられる。

     「歴史×恋愛×死・別れ」型は、ともに過去に実在した人物や実際に起こった出来事を組み込んで物語にしているという点が似た2作であるが、要素も全てが共通していた。

     「恋愛×スポーツ」型はともに2007年の作品である。この年は『夜は短し歩けよ乙女』も加えると、3作全て、「中心人物」が恋愛感情を抱いているという点で共通しており、「恋愛」要素に関して、特徴的な年だと言える。また、「恋愛」と「スポーツ」の要素を含んでいる作品には、他に『夜のピクニック』(恋愛×スポーツ×謎)と『横道世之介』(恋愛×スポーツ×死・別れ)がある。この4作品は「中心人物」が学生で、部活動またはサークル活動でスポーツに取り組んでいるといった設定の部分で似ている作品と言える。

     「スポーツ」と「死・別れ」の要素を含んでいる作品は、上記の2作に加えて、『クライマーズ・ハイ』(歴史×スポーツ×死・別れ×謎)、『サクリファイス』(スポーツ×死・別れ×謎)、『横道世之介』(恋愛×スポーツ×死・別れ)がある。両方の要素が共通していた『博士の愛した数式』『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』は、観戦する立場からスポーツが描かれていたのに対し、後に挙げた3作は取り組む立場からスポーツが描かれているという特徴があった。

    A書き方の特徴を探るための研究

    【叙述分析】
     次のページの表は、作品ごとに、一番多い叙述方法・叙述内容を示したものである。『明日の記憶』結末の「行・状」は、行動と状況が同数だったことを表す。他の作品についても同様に、同数のものがあった場合には、「行動」を「行」、「状況」を「状」、「会話」を「会」、「心理」を「心」と、それぞれ省略して2つ示している。

    叙述
    方法
    叙述
    内容
     
    結 末両 方


    博士の愛した数式記述描写  描写  状況状況状況
    クライマーズ・ハイ描写描写描写状況会話状況
    アヒルと鴨のコインロッカー描写描写描写状況心理状況
    夜のピクニック描写描写描写心理行動心理
    明日の記憶描写描写描写心理状況行・状
    家守綺譚記述描写描写状況心理状況
    東京タワー オカンとボクと、時々、オトン記述描写描写状況心理状況
    サウスバウンド描写描写描写状況状況状況
    死神の精度描写描写描写心理会話会話
    一瞬の風になれ描写描写描写状況心理心理
    夜は短し歩けよ乙女記述描写描写状況心理状況
    風が強く吹いている描写描写描写行・状心理心理
    ゴールデンスランバー描写描写描写会話行動行動
    サクリファイス描写描写描写状況心理状況
    有頂天家族記述描写描写状況心・会行・状
    告白描写描写描写会話会話会話
    のぼうの城描写記述記述行・状状況状況
    ジョーカー・ゲーム描写描写描写行動状況状況
    天地明察描写記述描写状・心状況状況
    神様のカルテ描写描写描写心理心理心理
    横道世之介描写描写描写状況状況状況
    少年の日の思い出描写描写描写行動行動行動
    トロッコ記述描写描写状況行動行動
    にじの見える橋描写描写描写心理行動行・心
    麦わら帽子描写描写描写状況状況状況
    大人になれなかった弟たちに……記述描写記述状況状況状況
    記述描写描写状況状況状況
    空中ブランコ乗りのキキ描写描写描写会話行動行動
    走れメロス記述描写描写状況行動行動
    小さな手袋描写描写描写状況行動状況
    雨の日と青い鳥描写描写描写状況行動状況
    盆土産描写描写描写状況行動行動
    故郷描写描写描写心理心理心理
    記述描写描写状況行動行動
    握手描写描写描写状況会話行動

    表 1
    本屋大賞ALL叙述内容
     状況行動会話心理その他
    叙述方法描写1441671391950
    記述8747020
    説明600000
    評価110000
    その他00007

    表 2
    中学校教材ALL叙述内容
     状況行動会話心理
    叙述方法描写1061639488
    記述704616
    説明19000
    評価12000




     表1は、本屋大賞の冒頭と結末を合わせた叙述分析結果を表したものであり、表2は中学校教材の分析結果を表したものである。グラフは、本屋大賞と中学校教材それぞれの叙述方法、叙述内容を表したものである。

     表から、全体を通して、描写で叙述されていることが多いと分かる。作品で見ても、全体で記述の文数が一番多いものは、『のぼうの城』と『大人になれなかった弟たちに……』の2作品のみで、他の作品は全て描写の文数が一番多くなっていた。特徴的だったのは、『のぼうの城』と『天地明察』の2作品である。両方とも歴史的事実を組み込んだ作品となっているのは、【物語の要素】で述べた通りである。メインの出来事が終了したあと、その主人公がどのように生活したのかを述べているため、結末部の叙述方法で「記述」の文数が一番多くなっているところに特徴がみられた。歴史的な出来事が組み込まれている作品には、『クライマーズ・ハイ』と『サウスバウンド』があるが、『クライマーズ・ハイ』では、現在と過去を行き来する構成が取られており、物語が現在で終わっていることから、記述ではなく描写が多くなっている。また、『サウスバウンド』では「中心人物」が過去に起きた出来事として語るという形式を取っていて、その部分では記述が多くなっている。その点では、『のぼうの城』や『天地明察』と同じような形になっていると言えるが、会話部分やその後に描かれている現在の部分で描写が多いことから、2文差で描写が多くなる結果であった。

     次に、叙述内容から分析を行った。グラフから、「状況」と「会話」は、同じような割合になっていることが分かる。違いが大きかったのは「行動」と「心理」で、「行動」は中学校教材の方が、「心理」は本屋大賞の方が多くなっていた。冒頭、結末のどちらかで「心理」が一番多くなっている作品は、本屋大賞で10作品(約48%)あるのに対し、中学校教材は1作品(7%)であった。また、「行動」が冒頭、結末のどちらかで一番多くなっている作品は、本屋大賞で3作品(約14%)であったのに対し、中学校教材は10作品(約48%)と、「心理」「行動」どちらも作品数でも大きな差がみられた。
     また、全体だけでなく、冒頭と結末に分けての分析も行った。

    《冒頭》



     冒頭の叙述方法で見ると、本屋大賞は描写と説明が、中学校教材は描写と記述が多くなる傾向にあると言える。本屋大賞は、作品自体が長いので、1つ1つのことを細かく描くことができる。そのため、描写と説明が多くなる傾向にあると考えられる。逆に、中学校教材では、作品が短く、それまでの展開が要約的に描かれていることがあるので、記述が多くなっていると考えられる。
     叙述内容では、少しずつ違いはあるものの、大きな差はないと言えそうである。

    《結末》



     結末も同じように見てみると、叙述方法では、大きな差はないと言える。本屋大賞では、説明が少し多くなっているが、作品ごとに見ると、説明が過半数を超えている作品はない。一番多いのは、『ジョーカー・ゲーム』の9文であるが、『ジョーカー・ゲーム』は短編集で、章ごとに様々な説明があるため多くなっていると考えられる。
     対して、叙述内容では差が見られた。全体での傾向と同じように、「行動」と「心理」で差が大きくなっている。
    本屋大賞で「心理」が多くなっているのは、物語の終盤になって、登場人物が過去のある場面を思い出している作品が多いからだと考えられる。例えば、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』では、死んでしまったオカンに対して、主人公が心の中で語りかけている場面で終わり、『一瞬の風になれ』では、その日の試合の風景を主人公の新二が思い出す場面で終わっている。このような作品があることが、本屋大賞で「心理」が多くなっている要因であると言える。

     以上から、叙述方法では本屋大賞、中学校教材ともに、描写の割合が一番多いことが分かった。記述は作品の内容に影響を受けて多くなることが分かった。叙述内容では、「状況」と「会話」に大きな差はないが、本屋大賞は「心理」、中学校教材は「行動」が多い傾向にあることが分かった。

    【文長分析】
     次の表は、本屋大賞と中学校教材のそれぞれの作品における、冒頭・結末の文長平均と偏差を表したものである。偏差の列で色をつけているのは、ばらつきが大きいとされる偏差17以上のセルである。

    本屋大賞冒頭文長結末文長冒頭偏差結末偏差
    博士の愛した数式40.1524.321.524213.0469
    クライマーズ・ハイ26.816.0515.25436.75492
    アヒルと鴨のコインロッカー3628.6520.452812.6169
    夜のピクニック35.817.9525.490111.4224
    明日の記憶23.6525.317.168711.4437
    家守綺譚44.221.128.352314.0222
    東京タワー 20.5522.3514.752313.3546
    サウスバウンド27.938.811.322535.7102
    死神の精度31.8519.8523.842210.9558
    一瞬の風になれ35.622.3527.863212.2787
    夜は短し歩けよ乙女40.6528.825.024812.6765
    風が強く吹いている30.717.412.58289.92816
    ゴールデンスランバー24.2533.516.932919.6348
    サクリファイス30.7516.5513.76067.4302
    有頂天家族28.721.2514.885913.1944
    告白34.927.922.161813.5914
    のぼうの城36.3531.1521.760114.6943
    ジョーカー・ゲーム32.624.9522.910412.7959
    天地明察32.13321.277417.4898
    神様のカルテ23.421.0519.956310.0602
    横道世之介27.724.2514.135113.0581
    文長平均31.647624.5952

    中学校教材冒頭文長結末文長冒頭偏差結末偏差
    少年の日の思い出46.8537.119.971826.0625
    トロッコ33.7537.613.45912.853
    にじの見える橋31.1530.3523.967716.4454
    麦わら帽子43.93026.69316.4285
    大人になれなかった弟たちに……26.333.2511.823717.3596
    46.1537.422.653613.1525
    空中ブランコ乗りのキキ43.6539.623.378517.611
    走れメロス21.1536.610.965432.8271
    小さな手袋38.7530.613.7329.3283
    雨の日と青い鳥27.642.3515.90934.0174
    盆土産42.1543.727.972318.1023
    故郷34.3537.9517.13524.9978
    302215.389713.2705
    握手59.246.861.225744.2143
    文長平均37.496436.0929

     文長は、冒頭・結末ともに、中学校教材の方が長い結果となった。その特徴は、特に結末で顕著になっていて、12文字程度違っている。「複合文」の数が、本屋大賞が20文(約2%)、中学校教材43文(約8%)と、中学校教材に多いことも、文長平均が長くなっている要因であると考えられる。

     文長のばらつきを表す偏差が大きかった作品は、本屋大賞で冒頭13作品、結末3作品、中学校教材で冒頭8作品、結末9作品であった。冒頭は、本屋大賞、中学校教材ともに同程度の割合でばらつきのある作品がみられるが、結末は、本屋大賞が約14%、中学校教材が約64%の出現率と大きな差があった。また、中学校教材では、14作品中5作品で、冒頭・結末ともにばらつきが大きいことが分かった。その中でも、特にばらつきが大きい作品は、光村図書3年生の『握手』である。「long」の文が100字近い、または100字を越えているのに対し、一番短い文は冒頭で11字、結末で8字となっていた。中学校教材の冒頭・結末の全文を文長が長い順に並べたときに、上位4位までが全て『握手』の文になるほど長い文があるため、このような結果になったと考えられる。

     次に、叙述方法・叙述内容ごとに文長を調べた。下の表は、叙述方法、叙述内容ごとの平均文長を表したものである。数値の後ろの丸で囲んだ数字は、順位を示している。

    本屋大賞中学校教材中学校−本屋大賞
    叙述方法描写26.18 C33.64 A7.46
    記述32.51 @35.56 @3.05
    説明30.55 A28.63 B-1.92
    評価26.27 B27.69 C1.42
    その他
    28.43  
    叙述内容状況28.20 A31.23 C3.03
    行動30.54 @33.91 A3.37
    心理24.29 C33.66 B9.37
    会話25.83 B39.00 @13.17
    その他
    28.43  


     表から、叙述方法では、本屋大賞と中学校教材のどちらも「記述」の文字数が一番多いことが分かる。記述では、出来事などを要約的に述べるため、文が長くなる傾向にあると言える。叙述方法で、2つの文長の差が一番大きかったのは、「描写」で、差が一番小さかったのは「評価」であった。

     また、叙述内容では、本屋大賞は「行動」、中学校教材は「会話」の文字数が一番多いことが分かる。本屋大賞の会話では、一つのカギ括弧に1文というものが多いが、中学校教材では、一つのカギ括弧の中に、2文3文入っている会話が多い。また、本屋大賞、中学校教材それぞれの文長上位10文の叙述内容をみたときに、本屋大賞では4文が「会話」だったのに対し、中学校教材では7文が「会話」となっていた。中学校教材の会話には長いものが多いことが、「会話」の文字数が1番多く、本屋大賞との差が一番大きい要因であると考えられる。

     文の特徴では、まず、すべての作品の冒頭と結末20文について、「long」と「short」に該当するものを探した。その結果、本屋大賞は「long」が121文、「short」が114文、中学校教材は「long」が85文、「short」が58文あった。「long」と「short」の文を分析した結果、「long」と「short」になっている文には、下のような特徴があることが分かった。

    《 short の特徴》
    (@)会話文を含んでいること
     本屋大賞で32文、中学校教材で15文あった。会話の内容を分析してみると、本屋大賞では、あいさつや相槌、感嘆が目立つのに対し、中学校教材では「会話らしい会話」「内容に関係の深い会話」が目立つ。本屋大賞では、あいさつや相槌、返事なども細かく描くことによって、会話のテンポを生み出し、よりリアルな想像ができるようになっていると考えられる。

    (A)時・場所を表していること
     本屋大賞で6文、中学校教材で9文あった。本屋大賞6文のうち、『のぼうの城』と『天地明察』の2作品で、5文を占めていた。この2作は、どちらも歴史の要素が含まれている作品である。結末で、人物が亡くなった年を述べていたり、「それから半年後の十月。」(『天地明察』結末9文目)のような形式で、登場人物の余生が要約的に描かれていたりするため、この2作に目立っていると考えられる。中学校教材では、具体的に○月○日と明確に時間を表す文より、「昼間の明るさは消えうせようとしていた。」「もう真冬の候であった。」など、抽象的に表すものが目立った。

    (B)キーワードであること
     本屋大賞で4文、中学校教材で2文あった。本屋大賞は、「完全数、28。」(『博士の愛した数式』結末20文目)、「衝立岩に登る。」(『クライマーズ・ハイ』冒頭12文目)「オカン。」(『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』結末2、12文目)の4文。中学校教材は「えびフライ。」(『盆土産』冒頭5、10文目)の2文。どの文も作中でたびたび登場する言葉である。繰り返し登場し、読者の頭に残りやすくするため、短い言葉が用いられていると考えられる。

    《 long の特徴》
    (@)会話文を含んでいること
     本屋大賞で24文、中学校教材で27文あった。「short」の特徴でもあり、「long」の特徴でもあるというのは、相反するようであるが、カギ括弧の中で2文、3文と続いている場合も多いので、「long」の特徴の1つになっている。

    (A)時・場所を表していること
     本屋大賞で3文、中学校教材で4文あった。文は以下の通りである。

    ・「仙台駅近くの生命保険会社のビル、その地下にある飲食店の並び、突き当たりに位置した店だった。」
    (『ゴールデンスランバー』冒頭5文目)
    ・「このとき天正十年(一五八二年)五月、三成と秀吉は、備中(現在の岡山県西部)高松城を攻略すべく建設した巨大な人口堤の上にいた。」
    (『のぼうの城』冒頭4文目)
    ・「私は当直帯に入ってから十八人を診察したところでぐったりとなり、やれやれとため息をついて、ふとなにやら記憶のはざまにひっかかるものを感じて手を止めた。」
    (『神様のカルテ』冒頭13文目)
    ・「お客さんがみんな満足して帰ったあと、がらんとしたテントの中を、団長さんをはじめ、サーカスじゅうの人々が必死になって捜し回ったのですが、無駄でした。」
    (『空中ブランコ乗りのキキ』結末18文目)
    ・「中学二年生になった育海は、先生たちに名前の読み方を尋ねられる最初の一週間が過ぎて、ほっとしたところだ。」
    (『雨の日と青い鳥』冒頭17文目)
    ・「さっき家を出てくるときも、つい、唐突にそうつぶやいて、姉に、「まぁた、えんびだ。なして、間にんを入れる? えんびじゃねくて、えびフライ。」と訂正された。」
    (『盆土産』冒頭11文目)
    ・「そう言っていながら、今朝もまき餌にする荏胡麻を牛乳の空き瓶に詰めているところへ起きてきて、「ジャッコ釣りな? ……んだ、父っちゃのだしをこさえておかねばなあ。」と姉は言った。」
    (『盆土産』冒頭17文目)

     「short」の時・場所を表す文が、時、場所のみを示していたのに対し、「long」の時・場所を表す文では、時・場所だけではなく、他の情報も含まれている。特徴だけをみると、「short」と共通しているようであるが、文の内容でみると、違いがある。

    (B)複合文であること
     本屋大賞10文、中学校教材17文あった。本屋大賞よりも中学校教材に多くみられた。「short」の複合文は、本屋大賞と中学校教材の両方を合わせても、「「え?」と視線を下にやる。」(『ゴールデンスランバー』結末13文目)の1文のみであるのに対し、「long」では27文あったことからも、「複合文」は「long」にみられる特徴であることが分かった。


     また、今回は次の2つの場合にも注目し、分析を行った。
    ・パターンT…冒頭の1文目、または、結末の20文目が「long」と「short」のどちらかになっている場合
    ・パターンU…「long」「short」が2文以上続いている場合
    である。物語の最初の1文、また最後の1文というのは、作者が工夫する部分だと考える。その文を他よりも長くしたり、短くしたりするときには、何かしらの意味を持たせていると考えられるので、(パターンT)を設定した。また、短い文が続いていたり、長い文から急に短くなったりする場合には何らかの効果があると考えられるので、(パターンU)を設定し、分析することとした。分析の結果を以下に述べていく。

    (パターンT)冒頭と結末

     冒頭結末
    博士の愛した数式shortshort
    クライマーズ・ハイ long
    一瞬の風になれlongshort
    風が強く吹いているlonglong
    ゴールデンスランバー long
    サクリファイス short
    ジョーカー・ゲームlong 
    天地明察shortlong
    神様のカルテ long
    にじの見える橋shortlong
    long
    トロッコlong
    雨の日と青い鳥short 
    盆土産 short

     該当する文があった作品名と、「short」「long」どちらになっていたかは上の表の通り。本屋大賞では9作品で出現していて、『博士の愛した数式』『一瞬の風になれ』『風が強く吹いている』『天地明察』では、冒頭・結末ともに該当した。中学校教材では、6作品で出現していて、冒頭・結末の両方に出現していたのは『にじの見える橋』の1作品であった。

     冒頭に「short」「long」のどちらかのみが出現している、または、結末に「short」「long」のどちらかのみが出現しているということはなく、冒頭・結末のどちらにも「short」と「long」が出現している。

     述べられている内容をみても、左に示した作品にあって、他の作品に無い特徴は見受けられなかった。また、その文がもつ効果を考えても、この作品に顕著な特徴はないと言えそうであった。

     このことから、文長に違いはあるものの、冒頭や結末が「short」、「long」になっているからといって、述べられている内容には特に顕著な特徴はないと言えそうである。


    (パターンU)2文以上続いている場合
     「long」「short」が2文以上続いている中で、特徴的だったところを挙げていく。

    (@)「short」が続いている
     「short」が2文以上続いているところは、本屋大賞で11作品14カ所、中学校教材で6作品7カ所あった。その中で、特徴的だったのは、以下の12作品13カ所である。
     「short」が2文以上続いているところには、以下の4つの特徴がみられた。1つ目は、会話の連続である。「short」の会話が2文連続していたところは、3カ所あった。2つ目は言い換えで、同じような内容が短い2文で繰り返して述べられているところが3カ所あった。繰り返すことで強調する効果が考えられる。3つ目は、評価。それよりも前に述べられている内容について、視点人物や作者が評価を与えている。複数の評価が立て続けに述べられることで、その内容を強調したり、読者が読む勢いを得たり、テンポ良く読んだりできる効果が考えられる。最後は、会話や心理が先に述べられ、その動作の主体を後から補う形で、3カ所みられた。

    作品名文番号本文特徴
    夜のピクニック冒頭16「いってーな」会話の掛け合い
      17「おはよう」
    告白冒頭5「来年はないのか?」
      6ありません。
    結末9――やっぱ、竜がござらっしゃったか。
      10――どんと、祭るべや。
    一瞬の風になれ結末19俺の走る道。言い換え
      20光る走路だ。
    横道世之介冒頭11人も多い。
      12高校の全校集会より多い。
    小さな手袋冒頭9辺り一面に、木の葉や雑草のにおいが立ちこめている。
      10そのにおいは、季節によって微妙に変化するようだ。
    明日の記憶結末17素敵な名前だ。評価
      18「いい名前ですね」
    一瞬の風になれ冒頭15最低。
      16いつも通りだ。
    ジョーカー・ゲーム冒頭8金髪。
      9鷲鼻。
      10青灰色の目。
      11典型的な外人顔。
    盆土産冒頭5えびフライ。
      6発音がむつかしい。
      7舌がうまく回らない。
    空中ブランコ乗りのキキ冒頭8「なあ、キキ……。」会話・心理→行動
      9団長さんは、いつも言っておりました。
    冒頭16「そのとおり。」
      17おばあさんがうなずいた。
    有頂天家族結末7はて。
      8私は思案した。


    (A)「long」が続いている
     「long」が2文以上続いているところは、本屋大賞で13作品16カ所、中学校教材で8作品9カ所あった。その中で、特徴的だったのは、以下の11作品11カ所である。
     これらはすべて、前の文の内容を後の文が深く説明したり、補足していたりしている。そのため、「long」が2文続くことで、読者がより分かりやすく読むことができるという効果が生まれる。例えば、『盆土産』の前文では、「父っちゃのだし」というのが唐突に出てくるため、読者は疑問に思うが、次の文で「父っちゃのだしというのは(後略)」と説明されているので、自然に読み進めることができるというわけである。このように、「long」が続いているところでは、より深く説明したり、補足していたりしているという特徴があった。
    作品名文番号本文
    クライマーズ・ハイ冒頭3下り線ホームは地中深くに掘られたトンネルの中にあって、陽光を目にするには四百八十六段の階段を上がらねばならない。
    冒頭4それは「上がる」というより「登る」に近い負荷を足に強いるから、谷川岳の山行はもうここから始まっていると言っていい。
    明日の記憶冒頭5会議室に並んだ顔が一斉に見つめてくるのだが、炭酸ガスのように頭の中から抜け出てしまった人名を、私はいっこうに思い出すことができなかった。
    冒頭6その男優の姿形は浮かんでくるし、何年か前にヒットした主演映画のニュースや宣伝は嫌というほど目にしていたはずなのだが。
    一瞬の風になれ冒頭1次の日曜日はクラブの遠征試合で駒沢公園まで行くから、「トーキョーに行くぞー」とメールを打ったら、「だるい距離だな」と連から返事がきた。
    冒頭2だいたい、あいつは約束とか待ち合わせを以上に面倒臭がるから、来たけりゃぶらっとグラウンドに現れるだろうと思って、地図だけFAXしておいた。
    夜は短し歩けよ乙女結末10緊張しながら喫茶店の硝子扉を押し開けると、別世界のように温かくて柔らかい空気が私を包みました。
    結末11薄暗い店内には、黒光りする長テーブルを挟んで人々が語り合う声、匙で珈琲をまぜる音、本のページをめくる音が充ちています。
    風が強く吹いている冒頭1環状八号線から、外側に向かって歩いて二十分ほどしか離れていないこの土地でも、夜になると空気は澄みわたる。
    冒頭2天気のいい日の昼間には、しょっちゅう光化学スモッグの注意アナウンスが流れるのが嘘のようだ。
    ゴールデンスランバー冒頭5仙台駅近くの生命保険会社のビル、その地下にある飲食店の並び、突き当たりに位置した店だった。
    冒頭6平野晶が勤めている家電メーカーの事務所に近く、樋口晴子が同じ会社に勤めていた時には二人でよく、そこの蕎麦屋を訪れた。
    小さな手袋冒頭7林の中に入っていくと、周りの木々は思いがけなく優美で、太い幹でも子どもの腕でひと抱えほど、細いものは子どもの手首ほどしかない。
    冒頭8それぞれが、天へ向かってまっすぐに伸び上がったり、放射状に伸び分かれたり、くねくねと恥じらうような曲線を見せたりしている。
    故郷冒頭3そのうえ、故郷へ近づくにつれて、空模様は怪しくなり、冷たい風がヒューヒュー音を立てて、船の中まで吹き込んできた。
    冒頭4苫のすき間から外をうかがうと、鉛色の空の下、わびしい村々が、いささかの活気もなく、あちこちに横たわっていた。
    冒頭10ソフィアは、猫を遊び小屋に連れ戻し、気に入られようとやっきになったが、かわいがればかわいがるほど、猫は、さっさと洗いかごに戻ってしまうのだった。
    冒頭11洗い物がたまると、猫は不満そうにニャゴニャゴ鳴きたてて、結局いつも、だれかが食器を洗うことになった。
    結末14百姓たちが沼の周りにしめ縄を張りめぐらし、立て札を立てていきさつを書き連ねるのにもまた何日もかからなかった。
    結末15見物衆が、以前にもまして増えたのはいうまでもなく、三太郎は以前より小さくなっていなければならなくなってしまった。
    盆土産冒頭17そう言っていながら、今朝もまき餌にする荏胡麻を牛乳の空き瓶に詰めているところへ起きてきて、「ジャッコ釣りな? ……んだ、父っちゃのだしをこさえておかねばなあ。」と姉は言った。
    冒頭18父っちゃのだしというのは、父親の好きな生そばのだしのことで、父親はいつも、干した雑魚をだしにした生そばを食わないことには自分の村へ帰ってきたような気がしない、と言っている。


    (B)「long」→「short」と続いているところ
     「long」→「short」と続いているところは、本屋大賞で11作品16カ所、中学校教材で6作品7カ所あった。その中で、特徴的だったのは、以下の5作品6カ所である。
     「long」→「short」と続いているところでは、前文の要約(補足)をするという特徴と、次の文へ期待を高めるような書き方がされているという特徴があった。要約(補足)をしているところは4カ所あり、前の文で具体的な内容が述べられていて、後の文で要約的に述べられていることが特徴である。また、『ジョーカー・ゲーム』結末15文目・16文目や、『風が強く吹いている』結末2文目・3文目では、後の文に特徴があった。どちらもその次の文へ期待を高めるような書き方がされているのだが、その文の前に「long」の文があることで、文章をスッと引き締める効果があると考えられる。

    作品名文番号本文特徴
    ゴールデンスランバー結末14「お母さんが、これ、押してあげなさいって」と彼女は言うと、ぼうっと突っ立っている青柳雅春の左手、甲の部分に持っていた印鑑を押した。要約(補足)
    結末15スタンプのようだった。
    有頂天家族冒頭12幕末の話だと思っていれば応仁の乱であり、応仁の乱だと思っていたら平家没落であり、平家没落だと思っていたら幕末の話である。
    冒頭13要は筋が通っていない。
    ジョーカー・ゲーム結末1飛崎の決意が固いことを見てとると、結城中佐は引き出しから一通の辞令を取り出して、デスクの上に滑らせた。
    結末2「貴様の辞令だ」
    冒頭18――こらまあ、つきについとるど……。と、舟をそろりと寄せようとしたとき、沼の面に、どでかい穴が、二つ開いたかと思うと、なま暖かい空気が、ぶわあっと辺り一面に広がった。
    冒頭19三太郎が、たまっていた息をはいたのである。
    ジョーカー・ゲーム結末15飛崎は型通り受け取った辞令を脇に収め、踵で回れ右をして部屋を出ていこうとした。期待を高める
    結末16その時――。
    風が強く吹いている結末2あんな時間は、もしかしたらもう二度と訪れることはないのかもしれない。
    結末3それでも。


    (C)「short」→「long」と続いているところ
     「short」→「long」と続いているところは、本屋大賞で11作品13カ所、中学校教材で5作品7カ所あった。その中で、特徴的だったのは、以下の7作品7カ所である。
    この7か所も、「long」が2文続くところの特徴と同じように、前の文の内容を後の文が深く説明したり、補足していたりしている。より深い内容が伝えられることで、読者がより分かりやすく読むことができるという効果が生まれる。

    作品名文番号本文
    夜のピクニック冒頭14「とおるちゃーん」
    冒頭15後ろから思い切り肩をどつかれ、その痛みに多少腹を立てつつ振り返った融は、たった今自分がした予想通り、すっかり天気のことなど忘れてしまった。
    明日の記憶結末7夕日は刻々と色を変える。
    結末8ついいましがたまでの黄金の光が茜色になり、あたりの風景は急速に色を失っていった。
    一瞬の風になれ冒頭18連が来てる。
    冒頭19リュックを枕に公園の芝生にひょろ長い足を組んで寝そべって、MDを聴きながら、ひょろ長い腕を伸ばし、散歩中のトイプードルを構っている。
    ゴールデンスランバー結末13「え?」と視線を下にやる。
    結末14「お母さんが、これ、押してあげなさいって」と彼女は言うと、ぼうっと突っ立っている青柳雅春の左手、甲の部分に持っていた印鑑を押した。
    故郷冒頭2もう真冬の候であった。
    冒頭3そのうえ、故郷へ近づくにつれて、空模様は怪しくなり、冷たい風がヒューヒュー音を立てて、船の中まで吹き込んできた。
    にじの見える橋結末13「おうい、何してんだあ。」
    結末14下から呼ばれて、身を乗り出すと、仲たがいしたはずの友達が、かばんを振り回しながら、あきれたようにこちらを見上げている。
    盆土産冒頭10えびフライ。
    冒頭11さっき家を出てくるときも、つい、唐突にそうつぶやいて、姉に、「まぁた、えんびだ。なして、間にんを入れる? えんびじゃねくて、えびフライ。」と訂正された。


     以上より、「short」が続く場合や、「long」の後に「short」が来る場合には、文章を引き締る効果や、テンポを良くする効果があり、「long」が続く場合や、「short」の後に「long」が来る場合には、より深く読ませる効果があると言えるところがあることが分かった。

    第2節 推薦コメントによる分析から

    @受賞作の魅力を探るための研究

    《 調査1 一番評価されている観点を調べる 》
     各作品の推薦コメントを分析し、内容の次に一番評価されている観点で分類を行った。推薦するときに、内容の評価が一番にくるのは当然だと思うので、今回は内容の次に評価されている観点で分類することとした。作者についても、下位分類が難しいため、ここでは除いて考えた。その結果が以下の通りである。
     なお、『家守綺譚』については、テクニックに関する評価と体裁に関する評価が同数だったため、両方に加えている。

    【キャラクター型】…『博士の愛した数式』『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』『サウスバウンド』『一瞬の風になれ』『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』『のぼうの城』『ジョーカー・ゲーム』『天地明察』『神様のカルテ』『横道世之介』
    (11作品)
    【テクニック型】…『クライマーズ・ハイ』『アヒルと鴨のコインロッカー』『夜のピクニック』『明日の記憶』『家守綺譚』『死神の精度』『風が強く吹いている』『ゴールデンスランバー』『告白』
    (9作品)
    【体裁型】…『家守綺譚』
    (1作品)
    【タイトル型】…『サクリファイス』
    (1作品)

     キャラクターが評価されている作品が一番多く、次いでテクニックが評価されている作品が多いという結果になった。
    《 調査2 各観点の評価ポイントを調べる 》
    (@)登場人物
     人物ごとに集計をした結果、「中心人物」の評価が高い【中心人物型】、「中心人物」の家族(親や兄弟など)の評価が高い【家族型】、出てくる登場人物全員への評価が高い【全員型】、それ以外の人物への評価が一番高い【その他型】の4つの型に分けることができた。

    【主人公型】…『明日の記憶』『死神の精度』『告白』『横道世之介』『夜は短し歩けよ乙女』『ジョーカー・ゲーム』
    (6作品)
    【家族型】…『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』『サウスバウンド』『ゴールデンスランバー』
    (3作品)
    【全員型】…『アヒルと鴨のコインロッカー』『夜のピクニック』『一瞬の風になれ』『夜は短し歩けよ乙女』『風が強く吹いている』『有頂天家族』『のぼうの城』『天地明察』『神様のカルテ』
    (9作品)
    【その他型】…『博士の愛した数式』(博士)『家守綺譚』(さるすべり)『サクリファイス』(石尾)
    (3作品)

     下線部を引いた作品は、一番評価されている観点が【キャラクター型】の作品である。また、【その他型】の作品名のあとの括弧の中は、評価されていた人物名である。
     なお、『夜は短し歩けよ乙女』は「中心人物」に関する評価と全員に関する評価が同数だったため、両方に加えている。また、『クライマーズ・ハイ』はキャラクターに関する評価が全くなかったため、どこにも分類していない。

     上記の結果から、「中心人物」が魅力的に描かれていること、登場人物全員が魅力的に描かれていることが【キャラクター型】になりやすい要因と言えそうである。また、家族の関係が濃く描かれている作品では、第一の「中心人物」よりもその家族に評価が集まりやすい傾向にある。

    (A)テクニック
     4つの型に分類することができた。
    【描写型】…『クライマーズ・ハイ』『夜のピクニック』『明日の記憶』『サウスバウンド』『一瞬の風になれ』『風が強く吹いている』『のぼうの城』『ジョーカー・ゲーム』
    (8作品)
    【文体型】…『博士の愛した数式』『家守綺譚』『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』『死神の精度』『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』『のぼうの城』『神様のカルテ』
    (8作品)
    【設定・背景型】…『夜は短し歩けよ乙女』『天地明察』
    (2作品)
    【構成型】…『アヒルと鴨のコインロッカー』『ゴールデンスランバー』『サクリファイス』『告白』『横道世之介』
    (5作品)

     下線部を引いた作品は、一番評価されている観点が【テクニック型】の作品である。

     なお、『夜は短し歩けよ乙女』は文体に関する評価と設定・背景に関する評価が、『のぼうの城』は描写に関する評価と文体に関する評価が同数だったため、両方に分類している。

     スポーツや戦など、ある一瞬を細かく描く必要がある作品では、描かれ方(描写)に評価が集まる傾向にあることが言える。また、人との関わりや日常生活を描いている作品では、描かれ方(描写)よりも描き方や言葉の使い方に評価が集まる傾向にあることが分かる。

     【構成型】に分類されている5作品のうち、『アヒルと鴨のコインロッカー』『ゴールデンスランバー』『告白』『横道世之介』の4作品は、章ごとに違う視点で描かれている、物語が時系列を追ってではなく過去と現在を行き来して描かれているという特徴があり、そこが評価されていた。一人の視点で時系列を追って描かれている作品よりも、構成の珍しさ、巧みさに読者が惹かれていることが分かる。

    (B)体裁
     体裁に関する評価が複数あったのは、『夜のピクニック』『家守綺譚』『死神の精度』『有頂天家族』『ジョーカー・ゲーム』の5作品で、『家守綺譚』『ジョーカー・ゲーム』は装丁に関する評価、『有頂天家族』『死神の精度』は短編集であることに関する評価が高かった。

     装丁では、物語の雰囲気と合っていることが評価されていた。書店で作品を選ぶときには、装丁を見て手に取ることも多いので、装丁から作品の雰囲気を感じられることが重要であると考えられる。

     また、『夜のピクニック』以外の4作品は、短編集や連作短編集の形を取っている。これは、普段本を読まない人には、長編小説を薦めるよりも短編でまずは読書や作品に触れてほしいという書店員の気持ちの表れではないかと思う。長編では、読むことが途中で苦になってしまい、読書の楽しさや面白さを味わえないままに終わってしまうこともある。しかし、短編集だと興味のある章だけ読むこともできるし、短い時間で結末に辿り着くことができるので、読書の楽しさを感じやすい。書店の店頭でお祭りになるイベントをやりたい、出版界を盛り上げたいという本屋大賞設立の動機を達成するには、普段本を読まない人にいかに本に触れてもらうかが大きな課題になると思うので、短編集になっている作品は、その部分を大きく取り上げていると考えられる。

     最後に、複数ではないが、構成に関する評価があった作品は、『アヒルと鴨のコインロッカー』『サウスバウンド』『一瞬の風になれ』『風が強く吹いている』『サクリファイス』『のぼうの城』の6作である。この6作では、装丁(『一瞬の風になれ』『風が強く吹いている』『のぼうの城』)、他作品とのつながり(『アヒルと鴨のコインロッカー』)が評価されていた。本屋大賞で注目を浴びた作品から他作品に興味を持てば、より読書の幅が広がるため、『アヒルと鴨のコインロッカー』だけでなく、『夜のピクニック』や『死神の精度』でも、他作品とのつながりを推薦しているコメントがいくつかみられた。

    A経済的、社会的な広報活動としての本屋大賞の側面を探るための研究

     推薦コメント565個のうち、「位置づけ」「対象」「提案」いずれかが含まれていたコメントは348個(約62%)であった。分類ごとに見ると、「位置づけ」が含まれているコメントが一番多く、全565個のうち292個(約52%)、次いで「対象」が含まれているコメント97個(約17%)、「提案」が含まれているコメント36個(約6%)であった。1つのコメントの中に、「位置づけ」「対象」「提案」の3つが全て含まれているコメントは10個あり、『サウスバウンド』と『夜は短し歩けよ乙女』には2つずつあった。

     次に、分類ごとの傾向を見ていく。「位置づけ」が含まれているコメント292個をさらに分類した結果が以下のグラフである。



     「定義」のみが書かれているものが一番多く、46%を占めている。観点ごとに見ると、 推薦者による「定義」が含まれているものが、64%と最も多く、読んだことのない人にどのような物語かを伝える役割を果たすものが多いと言える。「作用」が含まれているものは27%であるが、その作品を読むことでどんな気持ちになることができるのかが書かれていることで、読者は自分の気分に合った本を選びやすくなる。「評価」が含まれているものも同じく27%であるが、こちらは評価があることで質的に保証されることになり、読んだことのない人に安心感を与えることができる。

     次に「対象」を細かく見ていく。
     左のグラフは、「対象」の下位分類全てをグラフにしたものであり、右のグラフは「対象」の中から人物に関する項目のみを取り出してグラフにしたものである。



     人物では、すべての人を対象に薦めている「一般」が多い。「限定→一般」も含めると、約65%がすべての人を対象にしていた。誰が読んでも楽しむことができる作品や、普段本を読まない人でも読みやすい作品が多いと考えられる。読者が「限定」されている作品で、特徴的だったものは、『クライマーズ・ハイ』『夜のピクニック』『一瞬の風になれ』である。『クライマーズ・ハイ』は男性、『夜のピクニック』『一瞬の風になれ』は中学生・高校生を対象にしているコメントが目立った。どちらも、登場人物と重なる読者が想定されている。自分と同じ立場、同じ年齢の登場人物には感情移入しやすいし、読みやすい。読者を限定することは、普段本を読まない人がより自分にあった作品を選ぶときの強い味方になっていると言える。

     続いては「提案」である。以下のグラフから「呼びかけ」が多く書かれていることが分かった。



     「呼びかけ」では、「ぜひ読んで下さい」「物語世界にハマって下さい」と訴えるものが大半を占めていた。「方法」で、特徴的だったのは『夜のピクニック』である。作品が、高校生が一晩歩き通すという内容であるため、「方法」を提案していたコメントの全てが、「一晩かけて一気に」読むことをオススメしていた。作品の内容に合わせて、読み方が提案されているのが「方法」の特徴であった。

     購買者を意識した記述は、コメント全体の約62%にあり、その多くは、その作品がどのような作品であるかを示すものであった。そこには、本を選ぶ人が選びやすいように、より自分にあった本を選べるようにという配慮が見られた。このコメントが、本を選ぶときにどれくらい利用されているかは、今回は把握できていないが、書店員は、「本屋大賞」を通して、その作品を強く推薦しているということが伺えた。

    第5章 まとめと今後の課題

    第1節 作品ごとの考察

     ここでは、それぞれの作品の表現特徴が読者にどのような影響を与えているのかを考え、考察していく。推薦コメントを参考に、特徴的だった作品をいくつか取り上げることとした。

    第1項 叙述の工夫がされている作品

    ・『クライマーズ・ハイ』
     この作品は、日航機墜落事故直後の新聞社を舞台としている。一記者であった主人公、悠木和雅がデスクに任命され、さまざまな選択を迫られながら過ごす一週間を描いた作品である。作者は、12年間新聞社に勤めていた。その経験が記者生活や新聞の構成会議の様子などに活かされ、非常にリアルに描かれている。

     「著者が以前、新聞記者だったことから詳しい描写が見事でした。」
    (立石実 マガジン・ラック)
     「ジャーナリストとしての視点で客観的に事象を追っていく文章が好きです。「クライマーズ・ハイ」はあの日航機事件を現場で体験したからこそ作品となりえた深みがあります。」
    (武井隆 オークスブックセンター都町店)
     「とにかくリアルなのだ。何もかも。新聞社に勤めたこともないし、山に登ったこともない。もちろん子供との関係で悩んだこともない。しかし、自分が体験しているような気持ちになる。著者の読ませる力に感服せずにはいられない。」
    (匿名 ジュンク堂書店天満橋店)

     上記のコメントから分かるように、リアルで詳しい描写に読者は引き込まれているのである。
    ・『夜のピクニック』
     高校生が一昼夜歩き続ける「歩行祭」を描いた作品。今回分析した21作品の中で、最も短い1日の出来事を描いたものである。登場人物たちがただただ歩いているだけで大きな出来事が起きるわけではないのに、2005年の大賞作品であった。

     「ススキが原、友達がくれるあんこ控えめの草もち、かすかな潮のにおいのする空気。五感が小さなことにも敏感に反応するような描写の中で、淡々と物語は進行する。」
    (杉澤敦子 明文堂書店)
     「メインの二人だけでなく個人個人の心の内がよく描かれているなと思いました。」
    (石丸歩 TSUTAYA兵庫南店)
     「あらすじにしてしまうとどうということのない話かもしれない。が、いきいきとしたディティールがとてもよく、自分が本の中で同時にこの行事を体験している気分になった。」
    (西ヶ谷由佳 啓文堂書店八幡山店)
     「少年少女が夜通しで歩く、ただそれだけの話なのに、これだけの膨らみを持たせ、ミステリとしても青春小説としても完成されている点が素晴らしい。
    (三島政幸 啓文社高須店)
     「一昼夜歩き続ける、という行事の中になんてたくさんのことが描かれているのだろう、と強く感じた作品でした。」
    (匿名 ジュンク堂書店仙台店)

     心理、情景が詳しく描かれるからこそ、実際に自分が体験しているような気持ちになれることが上記のコメントから分かった。また、歩くという動作ではなく、心理や情景が詳しく描かれることで、作品に膨らみが出ているのである。
    ・『明日の記憶』
     記憶を無くしていく主人公、佐伯雅行の視点で描かれている。身のまわりの出来事を忘れないように書いた日記の文章も随所に挟み込まれるのだが、時が経つにつれ、日記にひらがなが増えていったり、同じことを2回書いていたりなど、病気の進行具合が読者に伝わるように描かれているのが特徴である。

     「一人称で語られるからこそ伝わってくる「焦り」と「恐怖」。フィクションであるにもかかわらずそこにある本物の恐怖。」
    (逢坂肇 文進堂書店)
     「若年性アルツハイマーそんな病気は自分とは無縁のものだと思っていたが、この作品を読んでいて、何か現実味を帯びてきてしまいました。主人公が自分と年齢が近い事もあり、それに映画の俳優の名前が出てこないなんて言う所も自分に覚えがあり実にリアルです。」
    (鈴木康之 大杉書店八千代緑が丘店)
     「帯にも書いてありますが、これほど『身につまされる』という言葉がピッタリと当てはまる小説は、他にないのでは無いかと。主人公の不安感や症状の進み具合が、まるで本当に書かれた手記を読んでいるかの様にリアルに伝わってきて、自分もこうなったらどうしよう?と本気で不安にさせられます。」
    (山ノ上純 ダイハン書房本店)
     「記憶を徐々に無くしていくまるでドキュメントのような、てっきりノンフィクションだと思ったくらい良くできたフィクションだ。」
    (宮川源 鎌倉文庫メルサ店)」

     小説を読んでいて、ノンフィクションのように感じることはあまりない。それにもかかわらず、そのようにリアルに感じる読者が多いのも、上記のような表現特徴があるからである。自分にも心当たりがある出来事が描かれることで、自分に引き付けて考える読者が多いのも特徴であった。
    ・『一瞬の風になれ』
     4×100メートルリレー、「四継」を題材に描いた作品。試合中の描写は、一文一文が非常に短く、テンポ良く読めるように工夫されている。

     「400mリレーの決勝の臨場感が素晴らしい。」
    (石本秀一 ジュンク堂書店三宮店)
     「この小説の醍醐味は限りなく躍動感溢れる文章のリズムだ。」
    (中村努 有隣堂書籍外商部)
     「スポーツが苦手で、運動会以外に走ったことなどほとんどないわたしでも、主人公の新二の素朴でだからこそぐっとくる語りと、ページをめくるのももどかしいほどの陸上競技のスピード感、あの子もあの人もみんながきらきらと輝いている登場人物たちの魅力で、夢中になって読んだ。」
    (野口亜希子 紀伊國屋書店ららぽーと豊洲店)
     「それこそ一瞬の風になったかのようなスピードで読みきった。文字通り息遣いが聞こえるかのような素晴らしい青春陸上小説だった。」
    (野尻真 本の王国浜松西店)
     「また、読んでいると伝わってくる試合の熱気や緊張感、スピード感や爽快感や……とにかくそういったものがたまらなくいい。」
    (匿名 明屋書店西条本店)

     一文一文が短く、テンポ良く読めるように工夫されているため、読者自身も、新二や連のスピードを感じながら読むことができるのである。
    ・『風が強く吹いている』
     10人の大学生が箱根駅伝を目指す物語である。箱根駅伝が始まるまでは、走に焦点を当てて描かれていることが多いのだが、箱根駅伝が始まってからは走っている人物に焦点を当てて描く形に変化する。また、レース中は、聴覚、視覚、触覚などの描写も多くなるという特徴がある。

     「すきな場面をあげたらきりがないくらい、どの場面も印象深いのですが、あえてひとつ挙げるなら、ユキの山下りの場面。読んでいるこちらにまで、空気の冷たさが伝わってくるし、またそこに重なるユキの感情のうつくしさに、ほんとうにうっとりしてしまいます。」
    (平本久美子 東京都)
     「前半は選手達の外面を中心に、本番で走り始めてからは十人ひとりひとりの内面を映していく書き方が、読み手の気持ちをいやおうなく高めてくれる。」
    (馬場美津子 煥乎堂群馬町店)
     「軸になる人物はもちろん丁寧に書かれているけど周囲の人物も細やかに描かれて一人一人にかなり肩入れして読みました。」
    (家田華恵 正文館書店知立八ツ田店)

     10人それぞれがどのような思いを抱いて走っているのかが描かれることで、読者は一人ひとりの内面に迫ることができ、作品にどんどん引き込まれていることが分かる。

    第2項 構成の工夫がされている作品

    ・『アヒルと鴨のコインロッカー』
     現在と過去を行き来する構成が取られている。現在と過去、バラバラな話のようでありながら、読んでいるうちに2つの話が重なり、すべての謎が徐々に明らかになるという形である。

     「現在と過去、二つの話が重なっていくドキドキにやられました。」
    (高橋由美子 祇園書房)
     「現在と過去がうまく交差してどちらの続きも気になり、どんどん読めた作品でした。」
    (匿名 宮城県)

     現在の話の続きも気になるし、過去の話の続きも気になる。しかも、それが別々の話ではなさそうだと気付いたとき、様々な伏線が結びつき、話はどんどん重なっていく。その展開の仕方に読者はドキドキし、楽しさを感じるようである。
    ・『告白』
     自分の教え子に娘を殺された先生と、その加害者、加害者の家族、クラスメイトが章ごとに一人称で語り継ぐ形式が取られている。それぞれが自分の思いを語っているだけなので、実際に語られていることが本当なのかは分からないという作品である。

     「新鮮な独白形式で語られる「女教師の無念さと復讐」が、生徒を直撃するホームルーム。ここから始まるこの悲惨な物語は、登場人物たちもまた、自分達の置かれた立場を独白形式で語り始める。各人の状況を読み進むうちに、読者自身がいつしか没入し、各人の気持ちが怖ろしいくらいにわかってくる。理不尽な理由なのにだ。そのための「独白形式」がここで最大限に活きてくる。」
    (小川誠一 マルサン書店仲見世店)
     「各章ごとに人物の視点が変わって、一気に読ませられました」
    (城美智子 ブックセンター湘南桜ヶ丘店)
     「最初の数ページだけ読んでみようと思ってページをめくると、いきなりの語り口調。どうやら先生のようだと思い読み進めていると、不思議なことに自分に語られているような気持ちになってくる。一気読みしてしまう面白さ。
    (匿名 久美堂本店)
     「当事者なのにたんたんと生徒に事件の事を話していく先生に、「怖いよ!先生!」と思いますが、誰の告白を読んでも「次は何々?」と自分がその場にいるかのように引き込まれていきます。」
    (匿名 夢屋書店アピタ豊田元町店)

     すべて会話口調で描かれていること、先生が話している会話文でも地の文のように描かれていることから、まるで自分に語られているような気持ちにさせられるという声が多くあった。そんな不気味さ、怖さに読者は引き付けられ、どんどん読み進めることができるということがコメントから明らかになった。
    ・『横道世之介』
     主人公、横道世之介の1年間をメインに描きながら、ところどころに人物たちの後日談が挟み込まれる物語である。しかし、後日談では世之介は登場せず、かつて世之介と関わりがあった人物が、生活の中のふとした瞬間に世之介を思い出すという形で描かれている。

     「あいだに挟みこまれる登場人物たちの後日談が、この物語をオトナの小説として味わい深いものにしています。」
    (広沢友樹 有隣堂アトレ新浦安店)
     「80年代の大学生の横道世之介。バブル直前の好景気の日本で、あまり物事を深く考えずに、日々流されて暮らしている世之介。友人達が、学生時代の世之介の思い出を語っていく。卒業して社会に出た後の世之介のことは、ほとんど語られない。しかし語られないことで、どこにでもいそうな平凡な彼が、その後どんな人生をおくったか、想像が脹らんでくる。学生時代はヘタレだった世之介だけど、きっと彼なりの成長を遂げたに違いない。彼なりに、悪くない人生を送ったに違いない、何故かそう思えてきて、暖かくて、そしてちょっと寂しい気持ちで読み終えた。」
    (三浦健 リブロ名古屋店)
     「合間に挟まれる数年後のエピソードが非常に効果的で、人間生きているだけで周りに影響を与え、周りのお陰で生かされているのだと改めて認識させられる。」
    (津田千鶴佳 今井書店IMAIBOOKS)

     これらのコメントのように、後日談を間に挟み込む構成が高く評価されていた。また、世之介自身の姿は描かれないことで、世之介がどう過ごしたのか、読者自身が想像し、楽しむことができるという効果が生まれる。

    第3項 視点の工夫がされている作品

    ・『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』
     作者であるボクと、家族を描いた自伝的な小説。視点人物は、息子のボクであるのに、推薦コメントでは、オカンを評価する声が圧倒的に多くあった。なぜ、視点人物ではないオカンが評価されるのか。その理由が推薦コメントに現れていた。

     「母と息子。この不思議な強いきずな。読みながら、母が子を、息子が母を、大好きなんだと思う。(中略)ちゃんとご飯食べてるのか?そういうあたりまえのオカンの気持ち。いなくなることが恐くて、でもそういう時は必ず来る。エンディング、自分の経験を重ね合わせ、やはり泣いてしまう。」
    (五十嵐のり子 東北学院大学生協土樋点)
     「この世の中のすべての人は母親から生まれる、というのは当たり前すぎるくらい当たり前のことなのだけれど、そのことをこんなすてきなラブレターにして見せてくれた作品は他にないと思う。」
    (戸木田直美 リブロ池袋本店)
     「母親が与えてくれる無償の愛情とは何なのか、恥ずかしながらこの本を通して理解できたような気がする。」
    (中嶋匡 新栄堂書店大宮店)

     愛情を与えられるボクの視点で描かれるからこそ、読者も自分の母親を思い出し、母親の良さを改めて感じることができるのだと考えられる。
    ・『サウスバウンド』
     小学6年生の上原二郎を主人公とした物語。主人公の父は、昔、学生運動に関わっていて、現在でも役人を相手に無茶を繰り返す。そんな家族の東京と西表島での生活を描いた作品である。この作品も、主人公の上原二郎ではなく、その父親、上原一郎が評価されていた。

     「後半の西表島に移ってからの父一郎の戦いっぷりのかっこよさに目が離せなくなった作品です。」
    (鎌田千恵子 旭屋書店)
     「「社会のルール」からはみ出して生きていくのがとても難しいこの都会においては、傍迷惑、としか言えない父親ですが、西表島に舞台を移した途端に輝かしい存在に見えてくるのが面白かったです。」
    (池畑郁子 ジュンク堂書店三宮駅前店)
     「語り手の父である上原一郎は、荒唐無稽な男で、物語がすすむにつれてどんどんその身が辺境へと追いやられていく。けれども、追いやられていけばいくほど、その姿が凛々しく神々しくなっていく展開が美しくも儚い。」
    (濱崎崇 ジュンク堂書店三宮駅前店)

     二郎の目を通して一郎が客観的に描かれているからこそ、読者には一郎の変化がはっきりと分かる。東京では傍迷惑な父親、西表島ではたくましい父親。そのギャップに読者は面白さを感じている。

    第4項 タイトルの工夫がされている作品

    ・『サクリファイス』
     自転車競技を題材にしたミステリ小説である。レース中はスピード感のある描写が目立ち、そこを評価するコメントもあった。しかし、一番の特徴は、21作品の中で唯一タイトルの評価が高かったという点である。

     「「サクリファイス」の本当の意味を知った時背筋がゾクゾクして、涙がポタリと落ちた。」
    (江川恵里加 三省堂書店そごう千葉店)
     「終盤、物語は意外な様相を見せ始めそして、読み終えた後、タイトルに込められた意味に気付き「ああ…」と声をあげてしまいました。」
    (一戸久人 喜久屋書店漫画館八王子店)
     「サクリファイス−犠牲、とはよくつけたものだと思う。」
    (朝加昌良 紀伊國屋書店富山店)
     「サクリファイス(犠牲)というタイトルが持つ意味を知らされたとき読者は大いなる驚きを与えられるでしょう。」
    (匿名 朗月堂韮崎店)
     「ストーリーも最後の最後までいい意味で読者を裏切り続け、飽きることなく読める。テーマである「サクリファイス=犠牲」が登場するたびに重みを増し、最後の「犠牲」を知ったときは体が震えたほどだ。」
    (逢坂肇 文進堂書店)

     「サクリファイス」は「犠牲」という意味で、物語内容全体を示唆するタイトルになっているのだが、読み終わるまでその意味は分からない。ストーリーは二転三転してやっと真相に辿り着く。そのため、そのタイトルの本当の意味に気付いたとき、読者は大きな驚きを得るのである。

    第2節 全体考察

    @賞としての特徴

     本屋大賞は、新人作家のデビュー作から、すでに有名になっている作家の作品まで、幅広い作品が選ばれている。本屋大賞にノミネートされた作品は、普段読書をしている人には、新人作家を開拓する機会として、普段あまり読書をしない人には、有名な作家の代表作から読書に親しむきっかけとして、有効であると言える。

     また、本屋大賞の作品は、他のメディアへの展開が豊富であることが分かった。他のメディア、特に多くの人に注目されやすいテレビドラマや映画、近年の作品に目立つ漫画から原作に興味を持つ人が増えれば、本への注目も増える。また、本を読んだ人でも他の様々なメディアで、その作品に触れることができるため、「活字」という楽しみ方だけでなく、いろいろな楽しみ方ができるのが、本屋大賞作品の魅力である。

    A作品の特徴

     出てくる登場人物は性別、年齢、職業が幅広く、人間でない登場人物までいた。また、物語の時代背景も様々であった。描かれ方では、ある1人の人物を中心に置いて、周りの人物との人間関係や出来事を描いている作品が半数以上を占めているという特徴があり、そういった作品は、必ず1人の視点で描かれていることが分かった。一人称、三人称で作品の数に大きな差は無かったが、単数と複数では単数の作品の方が多くあることも明らかになった。描かれている期間は、1ヶ月以上1年以内の「中期型」の作品が多く、それらの作品は、メインの出来事の起点から描かれていることが多いことが分かった。

     また、作品に含まれている要素は、「死・別れ」「恋愛」「謎」「スポーツ」が多く、「歴史」「音楽」は少ないことが分かった。複数の要素が共通している作品も、多く見られたが、「死」なのか「別れ」なのか、「中心人物」に恋愛感情があるのか、周りの人物が「中心人物」に恋愛感情を持っているのか、「スポーツ」をする立場なのか、観る立場なのかなどの細かい違いが、それぞれの作品の違いを生み出していることが分かった。

    B叙述の特徴

     本屋大賞では「心理」が多く描かれていた。また、本屋大賞では、「行動」よりも「心理」と「会話」を足したものの方が多かったことから、状況を想像したり、感情移入をしたりしやすい作品が多いとも言える。『告白』では、すべて会話口調で描かれていること、また先生が話している会話文でも地の文のように描かれていることから、まるで自分がその場にいて、生徒の一人になったような心地がする。また、『夜は短し歩けよ乙女』や『有頂天家族』のように、作中の語り手が読者に語りかけてくる形式のものもあるが、こちらは、まるで自分が物語を聞かされているかのような気分になる。このように、作品に入り込みやすい工夫がされていることも、本屋大賞作品の特徴である。


    第3節 今後の課題

     今回の研究は、それぞれの分析内容に応じて、直木賞や中学校教材を比較対象として行った。その結果、明らかになったこともあるが、本屋大賞にノミネートされる作品と中学校教材では、作品の長さに大きな違いがあるため、本屋大賞作品固有の特徴とは言い難い部分もある。作品分析も、直木賞の作品と比較を行うことで、より正確な本屋大賞作品の特徴に迫ることができると考えられる。また、アンケート調査を行うなどして、本屋大賞作品と直木賞作品の知名度の違いも明らかにすることができれば、本屋大賞の特徴や魅力がより明らかになると考えられる。

    第6章 おわりに

    第1節 おわりに

     今、私の心の中には、「これを書き終えたら、卒業論文が終了する」という解放感と、「これで終わりなんだ」という寂しさの両方がある。「もっとこんなこともしたかった」「こんなこともすべきだった」ということもたくさんあるし、自分で研究を進めていくことの大変さ、難しさもたくさんあったが、自分なりに本屋大賞作品と向き合って、研究できたことはすごく楽しく、充実していた。自分の好きな小説が読めるからという少し邪な動機も含まれていたが、それによって自分では選ばない作品に触れることができたことは、とても良かったと思う。この研究を進めている間に、「2011年本屋大賞」が発表され、「2012年本屋大賞」の決定も迫っている。これが終わったら、2011年分を読み、今回の結果を比べてみたいと思っている。

     最後になりましたが、中間発表で指導して下さった国語科の先生方、ありがとうございました。そして、研究の方法や、文章の書き方など、一から十まで指導してくださった野浪先生には本当に感謝しています。12月ごろからは、ゼミのたびに質問攻めでしたが、毎回本当に丁寧に教えていただき、何とか仕上げることができました。2年間、大変お世話になりました。本当にありがとうございました。

    第2節 参考文献・研究資料

    ・本の雑誌増刊『本屋大賞2004』〜『本屋大賞2010』 本の雑誌社
    ・『中学校国語科教科書平成18年度版』 光村図書出版/三省堂出版
    ・本屋大賞ホームページ  http://www.hontai.or.jp/
    ・角川書店ホームページ  http://www.kadokawa.co.jp/
    ・毎日新聞社の本と雑誌ホームページ  http://books.mainichi.co.jp/
    ・文藝春秋ホームページ  http://www.bunshun.co.jp/

    *研究対象
    作品名著者出版社出版年月
    博士の愛した数式小川洋子新潮社2003年8月
    クライマーズ・ハイ横山秀夫文藝春秋2003年8月
    アヒルと鴨のコインロッカー伊坂幸太郎東京創元社2003年11月
    夜のピクニック恩田陸新潮社2004年7月
    明日の記憶荻原浩光文社2004年10月
    家守綺譚梨木香歩新潮社2004年1月
    東京タワー オカンとボクと、時々、オトンリリー・フランキー扶桑社2005年6月
    サウスバウンド奥田英朗角川書店2005年6月
    死神の精度伊坂幸太郎文藝春秋2005年6月
    一瞬の風になれ佐藤多佳子講談社2006年8月9月10月
    夜は短し歩けよ乙女森見登美彦角川書店2006年11月
    風が強く吹いている三浦しをん新潮社2006年9月
    ゴールデンスランバー伊坂幸太郎新潮社2007年11月
    サクリファイス近藤史恵新潮社2007年8月
    有頂天家族森見登美彦幻冬舎2007年9月
    告白湊かなえ双葉社2008年8月
    のぼうの城和田竜小学館2007年12月
    ジョーカー・ゲーム柳広司角川書店2008年8月
    天地明察冲方丁角川書店2009年11月
    神様のカルテ夏川草介小学館2009年9月


    (原稿用紙換算 284枚)
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